Go to content Go to navigation Go to search Change language

ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《アルジェの女たち》

《アルジェの女たち》

© 2007 Musée du Louvre / Angèle Dequier

絵画
フランス絵画

執筆:
Bouabdellah-Dorbani Malika

古代に比するものの失われつつある生活様式の、死の訪れまで変わることがない感覚から生まれた、風俗画と壮大な歴史の場面を兼ね備えた作品である。ドラクロワが、古典的なイタリア滞在より好んだロマン派の旅のおかげで、文明に欠けていた鎖の輪が取り戻されたのである。ドラクロワの初期に間接的に感じ取られていたオリエントの魅力は、実際の生きた体験によって開かれた視野に比べれば、取るに足らないものであった。オリエントには20世代に渡って取り上げるべき仕事が存在していると、画家は語っている。

素晴らしい!まるでホメロスの時代のようだ!

既に《ダンテの小舟》、《サルダナパールの死》、《民衆を導く自由の女神》によって名を馳せていたドラクロワは、アルジェ占領の2年後に当たる1832年1月11日にモロッコへ発った。画家は、ルイ=フィリップによってムレイ・アブデッラヒマーンの許へ派遣された使節団の団長シャルル・ド・モルネに随伴したのである。アルジェリア人の抵抗をスルタンが支持したため、フランス軍が西方の征服を続行するに当たって支障をきたす恐れがあった。この帰路に、彼らはアルジェに立ち寄ったのである。モルネとシャルル・クルノーの証言に依拠したフィリップ・ビュルティーによると、ドラクロワは港湾技術者ポワレルの助力を得て、イスラム教のハーレムを訪問するという望みを叶えたと言う。ハーレムとは一族の女性たちを指す言葉で、あらゆる男性は近親者をも含めて、その女性たちと親密な関係を持たないよう、承諾がある場合や闖入を除いて、そこへの立ち入りは禁じられていた。画家が目にしたと言う子供たちや、作品に登場する人物たちの地位や身分は、曖昧なままである。
ドラクロワは、長きに渡って絵の構想を練り上げた後、現地で写生した女性のうち2人だけしか最終作の絵画には描かなかった。ムネイ・ベンスルタンは、左の隅で観者の方を向いてしどけなく肘を付いている姿と、中央で胡坐をかいて顔を斜め前に向け、右側にいる連れのゼラ・ベンスルタンと物静かに会話を交わしている姿という、異なる姿勢で2度描かれている。これらの女性たちは、果たして姉妹なのか従姉妹なのか、もしくは同じ男性の妻たちなのかという謎に包まれている。
ところで彼女たちはイスラム教徒なのだろうか。アラビア語の名前だけではそうと断定することはできない。ユダヤ教徒が本格的には取り入れなかったセルウェール(膨らんだ七部丈のズボン)や、青と白のファイアンス(軟陶)の切り抜かれたパネルにざっと書かれた草書体の文字「モハメド ラスール アラー」(アラーの使者モハメド)がより有効な論拠となり得るが、これらは単に描き加えられた付属品にすぎないのではなかろうか。ルーヴルに所蔵されているドラクロワの水彩画《アルジェの室内》では、鏡の右側にある壁の補強部の上に、イスラム教の名士の家庭にしばしば飾られている人気の高い聖人画《預言者のサンダル》の漠然とした素描が見られるが、これは画家の訪問と直接の関係があるのだろうか。

ハーレムの女。私が思い描いていた通りの女性だ!

現地でドラクロワは遠くから、すなわち部屋の前にあるパティオや回廊から、開いた扉を通して、奥でカーヌーン(香壺)や水煙管の周りに座っている女性たちを観察した。そこでは、後宮の奥にいざなう壁掛けの後ろに半分隠れたクブーの入り口で、アーチが壁を貫いている。図式化された花のモティーフが描かれたファイアンスの上部の幅木が、奥行きを示唆している。陳列棚の上や、壁龕(へきがん)の彩色された木製の開き扉の後ろに見られる、ロカイユ様式の縁で飾られたヴェネツィアの鏡、ムラノのガラス細工、クリスタル製品、銅製品や錫製品が、18世紀においてアルジェがエシェル・デュ・ルヴォンと特別な関係にあったことを思い起こさせる。絵の中ではあらゆる距離感が排除され、3人の女性は前景の影と光の間に浮かび上がっている。露になった腕や脚、ミュールを履いた足や地べたにじかについた足が、明らかに示しているわけでないとしても、アルジェの夏を連想させる。しかしながら、この6月の終わりの暑さにもかかわらず、女たちは、トルコ風の毛足の長い絨毯や、ベルベル模様の織物、春先には片付けられるスクタリと呼ばれるビロードのクッションの上に、まだ座ったり横になったりしていたようだ。
構図の中央に位置する螺旋状のカーヌーンの中では、炭火がほとんど消えかかっているが、女たちを暖めるために使われるものではないと思われる。構図に拡がりを与えるため、ドラクロワが右の隅に描き加えた、立っている女性が何かするのを、女たちは待っているように見える。この女性が体の向きを変えているのは、そういう意味であり、彼女は間もなく香焚きを始めるはずである。彼女の黒い肌と質素な布地の衣服が、召使という身分を思わせる。もっとも、こうした解釈はあり得るものの、確たることは何も言えないのである。4人の女性たちは、薄手の白、無地、花柄、もしくは光沢がある布地や光沢のない布地のブラウスといった、アルジェ風の衣裳を纏っている。サテンとブロケード織りの、短くゆったりとした、脛(すね)あてによってふくらはぎの半ばですぼんでいる、室内着のセルウェールの上部は、膝まで前をはだけたブラウスで隠されている。左側の女性は、ベルトをゆるめて体から離しており、ざくろ色のビロード製の、腰まわりで絞って裾が広がった、袖無しの上着グリーラをはおっている。グリーラは、飾り紐と飾り紐のついたボタンで飾られており、胸の下にはメジュブード(金糸)で刺繍が施された三角形の縁飾り、金糸、スパンコールが縫いつけられている。その他の女性は、グリーラを基にした、フリムラという小さなブラウスを着ている。フリムラは透けず、胸部を支え、袖をとめている。結婚して子供がいるあらゆる女性と同様に、ムネイは、豊かで肉付きのよい体を邪な視線から守るために、トレムセンの縞模様の入った絹で織られ、その地方の風習により根ざした女性的なフータを、腰の周りに結び付けている。ムネイの連れの女性が纏っている、はっきりしたけばけばしい色のフータは、むしろベルベル風だろう。女たちの露になった胸元を飾る宝飾品が、真珠や宝石を何重にも巻いた、女たちの胸元と首筋を美しく見せている。女たちは、メヘルマと呼ばれる、様々な布地による房飾りが付き、金糸で織られた、暗めの色の絹の四角い布を、頭に被っている。メヘルマは、三角形に折り、2つの角を襟首の上で交差させ、額の上で結ぶようになっている。腕輪、ケルケル(足輪)、耳飾り、小さな飾りの付いた時計、全ての指にはめられた指輪といった、これらの富の象徴は、誰かを迎え入れる時や祝宴の時以外には、一度にまとめて身に付けられることはほとんどないものである。こうした装身具は、既婚女性の地位、威厳、品位をも表わしている。

緻密さと解釈

元々釉をかけたカボション(半球形に研磨したもの)と交互に、素焼のテラコッタタイルが敷かれるところを、ここでは星型の滑らかなタイルが敷かれており、その上にバブーシュ(トルコ風の室内履き)が転がっていて、幻想をかき立てる。高価な絨毯や床を汚さないよう、脱ぎやすいバブーシュが、この場面にとりわけ真実味を与えている。
覚え書きやクロッキーとして観察した対象を直ちに描きとめたドラクロワの鋭敏な注意力や、旅行から持ち帰ったり、パリで購入したりした資料用の画材のおかげで、物腰、衣裳、背景、雰囲気をきわめて適確に表わしている装身具や小道具の全てが、一貫してまとまった印象を与えている。絵画面のずれが、すでに多種多様で対照的な形態、色調、光、マティエールのずれを引き起こし、一連の旋回する場面の中で、見事なまでに洗練されたこれらの要素を調和させている。
当時の批評は、ドラクロワの色彩感覚とヴェロネーゼに似た構図の感覚、およびその確かな筆さばきを称賛した。異国情緒的な面や恣意的なデッサンが、批判を免れなかったとはいえ、後に何人もの画家が、そこに自分の進むべき道を見出したのである。こうしてルノワールは「このような作品を作り上げれば(略)ゆっくりと眠ることができるだろう」と語り、更に「世界中にこれほど美しい絵画は存在しないだろう(略)」と述べている。そして、1832年にオリエントは何世代にも渡って霊感を与え続けるだろうと予言したドラクロワに呼応するように、セザンヌは「我々全てがこのドラクロワの作品の中に存在している」と明言している。

出典

- BURTY Philippe , Lettres d'Eugène Delacroix 1815 - 1863,  A. Quantin, Paris,1877.

- SERULLAZ Maurice,  Mémorial de l'exposition Eugène Delacroix, E.M.N, Paris, 1963.

- JOHNSON Lee, The painting of Delacroix a critical catalogue,  Clarendon Press, Oxford,1981-1989.

- JOBERT Barthélémy, Delacroix, Gallimard, Paris, 1997.

- HiILAIRE  Michel , SERULLAZ Arlette,  De Delacroix à Renoir l'Algérie des peintres,  IMA /Hazan,  Paris, 2003.

作品データ

  • ウジェーヌ・ドラクロワ(シャラントン=サン=モーリス、1798年-パリ、1863年)

    《アルジェの女たち》

    1834年のサロン出品作品

  • 縦1.80 m、横2.29 m

  • 1834年のサロンにおいて、1834年6月26日ルイ=フィリップにより決定。リュクサンブール宮殿に展示された後、1874年11月ルーヴルに移送

    INV. 3824

  • 絵画

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

チケットを購入する

作品の補足情報

Eug.Delacroix F.1834(右下)