Go to content Go to navigation Go to search Change language

ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《アントワーヌ・トリースト、ヘントの司教(1576年-1657年)》

作品 《アントワーヌ・トリースト、ヘントの司教(1576年-1657年)》

彫刻部門 : 17-18世紀のフランス

《アントワーヌ・トリースト、ヘントの司教(1576年-1657年)》

© 2003 Musée du Louvre / Pierre Philibert

彫刻
17-18世紀のフランス

執筆:
Montalbetti Valérie

このフランドル人文芸擁護者の豪奢な司教の胸像は、広がりを持って構想され、大きく空間を占拠する。巧妙で感受性の鋭い大理石像の造形が肉体の肉付けや布の表面の変化を明瞭にしている。司教の老いた顔はその鋭い心理描写により私達を惹きつける。この世界の偉人の華麗さの後ろには人間そのものが居る。

古い注文に関連する胸像

貴族出身で教養あるアントワーヌ・トリーストは1622年にヘントの司教になる。有名な美術品蒐集家で文芸援護者であった。ルーベンスにヘントの大聖堂の為の《聖バーフの改宗》を注文した。アントーン・ヴァン・デイクを始めとする複数のアーティストが彼の肖像を制作している。1642年、フランソワ・デュケノワに自分の肖像を送り、墓碑制作を依頼した。フランドル地方出身の彫刻家はローマに住んでおり、画家のニコラ・プッサンを友人に持つフランソワはその評判の頂点にいた。作品の制作に取りかかるが、フランス王の急な招待に応えるためにそのうち制作を止める。同じく彫刻家の弟ジェロームと共にパリに発つが、旅の途中の1643年に亡くなる。ジェロームはフランソワの工房の作品等と共にブリュッセルに戻る。アントワーヌ・トリーストは彼に自分の墓の制作を任せる。ジェロームは同様に大理石で、今日ルーヴル所蔵の司教の胸像を制作した。1654年、墓は全て組み立てられ、彼はヘントに落ち着いたが、風紀事件で死刑を宣告された。

バロックの傑作

この胸像は広く構想されている。軽い動きが腕の仕草を暗示し、姿には一層大きな空間的広がりが与えられる。この方法はベルニーニによって開発され、ルーヴルのリシュリュー枢機卿の胸像(MR 2165)にそれが見られる。布の表面の変化は大きく仕上げられている。肉体は感覚的にモデリングされ、歳の刻印も見逃されてはいない。目の周りの皮膚の皺が視線の強さを示す。前方に奇異に尖った髭がこの人物のエネルギッシュな外見を強調する。広がりをつけて巧妙に制作するローマ・バロックがフランドル人の肖像の内面の感覚と良くマッチしている。

一人のデュケノワの後ろに隠れるもう一人のデュケノワ

この鋭い肖像には気品と生気があり、ジェローム・デュケノワ作のヘントの霊廟の墓碑肖像の退屈さとはコントラストを成す。これは2つの肖像の間の時間的な隔たりから生まれたに違いない。彫刻家はブリュッセルに到着時(1643年頃)に胸像を仕上げ、墓の制作を自分に任せるように司祭を説得する。胸像の例外的な完成度は同じ様にこの2兄弟間の関係の問題を示している。広がりのある構想と構成への感受性は1635年の《モーリス・ド・サヴォア》(トリノ、サバウダ美術館)に見られる様にフランソワによって彫られた肖像に近い。ジェロームの肖像には、1650年のレオポルド゠ヴィルヘルム大公の肖像(ウイーン、美術史美術館)で判る様に、同じような質は見られず装飾的な点に注意が払われ乾燥した感じがより強い。この点から、原型は、アントワーヌ・トリーストから注文を受けた1642年にフランソワがローマで制作し、彼の死後に、腕のいい仕上げ職人であったジェロームが完成させ、大理石に署名したのではないかという仮説が成り立つ。

出典

- Abecedario de Pierre-Jean Mariette, Éditions Ph. de Chennevières et A. de Montaiglon, tome 2, Paris, 1853-1854, pp. 137-142.

- La Sculpture au siècle de Rubens, catalogue d'exposition, Musée d’art ancien, Bruxelles, 1977 (notice Lydie Hadermann-Misguish).

- DUVERGER Erik, "L’évêque gantois Antoon Triest (1577-1657), collectionneur d’art et mécène", in La Cathédrale Saint-Bavon de Gand, du Moyen Age au baroque, Gand-Amsterdam, 2000, pp. 190-225.

-  MALGOUYRES Philippe, "Le buste d’Antoine Triest, évêque de Gand, par les frères Duquesnoy, entre au Louvre", in Revue du Louvre, n° 4, 2000.

- Musée du Louvre, Nouvelles acquisitions du département des sculptures (1996-2001), Paris, 2002, n° 11, pp. 30-31 (notice Philippe Malgouyres).

作品データ

  • フランソワ・デュケノワ(ブリュッセル1597年-リヴォルノ1643年)、ジェローム・デュケノワ(ブリュッセル1602年-ヘント1654年)《アントワーヌ・トリースト、ヘントの司教(1576-1657年)》

    《アントワーヌ・トリースト、ヘントの司教(1576年-1657年)》

    1643年頃(?)

    胸像は司教の姉マリー・ファン・ベイレフェンが所有したものと見られ、その後、娘婿のシャルル・アルガンブへ。遺産相続により1778年−1849年までリマング家。リマング侯爵から、1855年3月にルーヴルに提案、拒絶。マリー゠ルイーズ・リマングの従兄弟ジュール・ウタールへ。1977年までウタール家、その後ブリュッセルの美術市場。

  • 大理石

    高さ70cm、幅71cm、奥行き38cm

  • 2000年3月10日付条例によりブリュッセルの美術商から取得

    R.F. 4651

  • 彫刻

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

チケットを購入する