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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《サン・ロマーノの戦い》
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《サン・ロマーノの戦い》
© 1997 RMN / Jean-Gilles Berizzi
絵画
イタリア絵画
この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリーとフィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されている他の二点の絵画と同様に、ルッカ付近のサン・ロマーノで1432年6月1日にシエナ軍を破ったフィレンツェ軍の戦いの一場面を詳しく描写している。近年の発見によると、この連作は長年考えられていたようにコジモ・デ・メディチによって注文されたものではなく、シエナに対する戦いの勃発において重要な役割を担ったリオナルド・バルトリーニ・サリンベーニによって依頼されたと考えられている。
ミケレット・ダ・コティニョーラの逆襲
この作品は、1432年6月にサン・ロマーノの塔において対決したフィレンツェ軍とシエナ軍の戦いを記念するために描かれた連作に含まれていたものである。描かれているのはフィレンツェ軍の味方であるミケレット・ダ・コティニョーラによる反撃であり、これはこの歴史画連作の二つ目の挿話に当たる。最初のパネル(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)は、ニッコロ・ダ・トレンティーノをフィレンツェ軍の先頭に、戦いの開始の場面を描いている。一方、三番目のパネル(フィレンツェ、ウフィツィ美術館)は、戦闘の終結とシエナ軍の敗北を描いており、その中ではシエナ軍の大将であるベルナディーノ・デッラ・チャルダが落馬している。
動きの探求と形の表現
反撃の様子を構成する中で、物語のさまざまな瞬間を描写するために、全体の動きが細かく分解されている。右側では停止した戦士たちが襲撃を待ち受けており、そのうちの一人は武器の支度をしている。中央部では後脚で立ち上がった黒馬の上でミケレット・ダ・コティニョーラが襲撃の合図を送っている。軍隊は色めき立ち、左側では、槍を攻撃態勢に下げた騎馬隊が、敵に突撃している。このような手法で、ウッチェッロは槍と馬の脚でリズム感を与えられた全体の動きの錯覚を創り出すことに成功している。こうして画家は、騎兵、歩兵、兜の前立て、軍旗などのもつれ合いに一貫性をもたらすことができているのである。
この錯綜は画家にとって、純粋な形状を光学的法則にしたがって描写しようとする強いこだわりを満たすための練習のようである。それは主として、短縮法の多用と、画家がその多面体を綿密に描写しているフィレンツェ軍の帽子マゾッキォの存在に現われている。明確に規定された空間の中に戦闘の展開を暗示することに成功しているウッチェッロの妙技は、今日、摩滅と背景の葉の黒ずみが原因で、見分けることが難しくなっている。銀箔で描かれた騎兵の甲冑は現在ではくすんでしまい、残念ながらそのまばゆいばかりの輝きを鑑賞することは出来なくなっている。
ウッチェッロによる数学的な遠近法の魅惑は、キュビスムに始まる20世紀の芸術家たちを魅了した。さまざまな形の、形それ自身に対する関係における、遠近法の不変のはたらきは、絵画における動きの探求とも結びついて、数々の解釈を呼び起こした。ウッチェッロはしばしば、自動人形と騎馬パレードの馬との奇妙なバレエの振り付け師のように見なされていた。
制作年に関する問題
パオロ・ウッチェッロによるこの大作の制作年は定かでなく、今日も数々の議論の的となっている。今日、大多数の評家は、この作品が1435年にミケレット・ダ・コティニョーラが死去した直後に注文、制作されたと考える方向にある。この仮定は、1436年頃にフィレンツェの聖堂のためにウッチェッロが制作した《ジョン・ホークウッドの騎馬像》に似通ったその作風によっても裏づけられている。
当初はアーチ状であったと思われるルーヴルの作品は、1479年から1486年の間にロレンツォ・デ・メディチがフィレンツェの宮殿を飾るため三点の《戦い》を徴用していった際に、上部の角と左下部分が切り取られ、その後付け加えられたものと思われる。三点の連作については彼の自室に保管されていた1492年の目録に記載されている。
作品データ
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パオロ・ディ・ドーノ、通称ウッチェッロ(フィレンツェ、1397-1475年)
《サン・ロマーノの戦い》
1435-1440年頃?
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板にテンペラ
縦1.82m、横3.17m
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ローマ、元カンパーナ・コレクション1863年ルーヴル収蔵
《ミケレット・ダ・コティニョーラの逆襲》
M.I. 469
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ドゥノン翼
2階
サロン・カレ 13‐15世紀のフィレンツェ絵画
展示室3
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
