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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《ピエール・セギエ、フランス大法官(1588-1672年)》

《ピエール・セギエ、フランス大法官(1588-1672年)》

© 1996 RMN / Hervé Lewandowski

絵画
フランス絵画

執筆:
Kazerouni Guillaume

フランス大法官であるピエール・セギエは、若きル・ブランの有力な庇護者で、とりわけ画家のイタリア滞在を援助した人物である。

傑作にまつわる波乱万丈の歴史

セギエ大法官の肖像画は、ルーヴル美術館に収蔵されて当然とも言える、フランス美術を代表する作品の一つと見なされている。しかしながら、この作品が国家のコレクションに加えられたのは、波乱万丈があった後の1942年になってからだった。奇妙なことに、この絵は、画家の伝記をものしたニヴロンがごく簡単にほのめかした以外、シャルル・ル・ブランの生前には注目されず、1764年に初めて、大法官の後裔にあたるエスティサック公爵が、同名の城に所蔵していると言及されている。フランス革命時に、この絵は、エスティサック公爵のその他の財産と共に接収されて、近隣のトロワに移され、そこで市役所の応接室に飾られていた。第一帝政期に一族が返還を要求し、取り戻された作品は、シュヴルリエール男爵夫人(旧姓セギエ)の死後、1942年にルーヴル美術館が取得するまで、セギエ家の子孫の邸宅に秘匿されていた。 

偉大な芸術庇護者の肖像画

ピエール・セギエ(1588-1672年)は、政府の第2の要人であるフランス大法官であると同時に、当時の最も偉大な芸術庇護者、蒐集家で教養ある人物の一人であった。ルイ・ル・ヴォーがサン=ルイ島に建設し、シモン・ヴーエとそのアトリエが装飾を手がけた、豪奢な邸館に住んでいたセギエは、若きル・ブランの主要な庇護者でもあった。セギエはル・ブランをローマに送ることで、ル・ブランをヴーエのアトリエから解放したのである。ル・ブランは、セギエの肖像画をイタリアから帰国した数年後に制作している。画家は、8人の小姓に囲まれた馬上の大法官を描く際、ゆったりとした調和の取れたリズムと脚の動きがバレエを連想させる、芝居がかった演出をしている。この騎馬肖像画は、そのモニュメンタルな大画面に、軍人や勝ち誇った英雄ではなく、啓蒙的な政治家の豪奢さと威厳を描き出している。この騎馬肖像画が何の目的のために制作されたのかは未だに解明されていない。おそらく法務省を飾る一連の要人の肖像画に続くものであったと思われるが、この作品がセギエ家の子孫の邸宅に長年保管されていたことから、個人的な注文とも考えられている。

シャルル・ル・ブラン

シャルル・ル・ブランは、17世紀後半に渡って、諸芸術の分野に君臨した主要な人物の一人である。実際に、王室の大部分の造営事業を指揮し、装飾事業や彫刻、工芸品の下絵を制作したのはル・ブランであった。ここでル・ブランは、肖像画の芸術とその演出における才能と技量の全てを示している。ル・ブランは、歴史画の大作以外に肖像画家としても有名であり、ルーヴルは、ル・ブランの手になるシャルル=アルフォンス・デュフレノワやルイ・テストゥランの肖像画を所蔵している。

作品データ

  • シャルル・ル・ブラン(パリ、1619-1690年)

    《ピエール・セギエ、フランス大法官(1588-1672年)》

    1655-1661年頃

    France

  • 油彩、カンヴァス

    縦2.95 m、横3.57 m

  • 1942年、ルーヴル友の会の賛助のもと、モデルのセギエ氏の子孫より取得

    R.F. 1942-3

  • 絵画

    シュリー翼
    3階
    ル・シュウール《聖ブルーノの生涯》
    展示室24

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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