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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《メデューズ号の筏》
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《メデューズ号の筏》
© 2010 Musée du Louvre / Angèle Dequier
絵画
フランス絵画
19世紀のフランス絵画を代表する作品《メデューズ号の筏》は、ロマン主義の宣言であるとも言える。この作品は、人間的および政治的な面からジェリコーの関心を引いた社会的事件を描写している。その事件とは、1816年に150人以上の乗組員を乗せた軍艦がセネガル沖で難破した一件である。画家はこの事件の資料を綿密に調べ上げ、救出の希望を表わす最終的な作品を描く前に多数の下絵を制作した。
現実に起こった出来事
ジェリコーは、1816年にセネガルを植民地化するために出港した王立海軍の軍艦メデューズ号の二人の生存者の話から想を得ている。メデューズ号の指揮はアンシャン・レジーム期の将校に委ねられたが、彼は20年以上も航海をしておらず、砂州への座礁を避けることができなかった。救命艇の数の不足からそれに乗ることができなかった者たちは、150人のために筏を作り、13日に渡る血生臭い波乱に富んだ航海へと押し流されるが、最終的な生存者は10名に過ぎなかった。難破という苦境には、暴力による争いと、嫌悪すべき人喰いが追い討ちをかけた。
ジェリコーは遭難者の救出に先立つ裏切られた希望を描いている。遭難者の救出に向かった船が水平線に姿を現わしているのだが、彼らを発見することなく遠ざかろうとしている。
構図は右側へ上昇する動きの中でこの希望に向かっており、その動きは筏の船首にいる黒人の男性のところで頂点に達している。ジェリコーは、それ自体見捨てられた人間の存在を総括した光景を描いているのである。
主題の分析
ジェリコーは1819年のサロンに出品するために制作したこの絵のために入念な準備を行った。まず画家は参考資料をかき集め、実際に画面に登場する遭難の生存者から話を聞きだした。次いでジェリコーは模型と蝋人形をもとに研究を重ね、アトリエの中で手足の切り離された遺体を細かく観察してデッサンし、友人にポーズを取らせ、複数の主題の間で躊躇もした。この長期間に渡る構想の成果は、ルーヴル美術館に所蔵されている二点の下絵(R.F.2229、R.F.1667)に現われている。その後、画家はアトリエに閉じこもり、縦5メートル、横7メートルという巨大な画布を前に最終的な絵画を制作したのである。
蒼白い身体はカラヴァッジオ風の明暗法によって残酷なほどに強調され、興奮のあまり身体を捩って喜ぶ人々、またそれとは逆に、息子の死を悲しむ人物と自分自身を嘆く人物という、絶望と孤独に沈む二人を含む無関心な者たちが描かれている。これらの人物像の描写には、グロ(《ジャファのペスト患者を訪れるナポレオン》を参照)に対するジェリコーの傾倒と、二人の画家に共通するロマン主義的な息吹が認められる。
スキャンダルの香り
ジェリコーによる《メデューズ号の筏》は、1819年のサロンの花形作品であった。「作品は衝撃的で、見る者全ての視線を釘付けにし」(『ジュルナル・ド・パリ』紙)、その評価は二分された。主題における残酷さと恐怖感が人々を魅了する一方、古典主義者たちは、同年に大きな成功を収めたジロデによる《ピュグマリオンとガラテイア》が体現した理想美とは程遠いこの「死骸の寄せ集め」に対して嫌悪感を露にした。実際、ジェリコーは、醜悪なモティーフに満ちた作品をどうやって描くのか、どのようにして芸術と現実を両立させるのか、という矛盾を示している。クーパンは「ジェリコー氏は間違っているように思える。絵画の目的とは魂と目に語りかけることであり、不快にさせるためにあるのではない」と断言している。
一方でこの作品には熱烈な信奉者も存在した。ジャルは、この作品に、政治的な主題や自由主義の声明(「黒人」の地位向上、極端な王政主義に対する批判)、さらには近代的で時事的な作品を見出して称賛した。ミシュレにとっては、「このメデューズ号の筏に乗ったのは、我々の社会全体なのである。」
出典
- LAVEISSIERE S., MICHEL R., CHENIQUE B., Géricault, catalogue d’exposition, Grand Palais 1991-1992, Editions de la Réunion des musées nationaux, Paris, 1991.作品データ
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テオドール・ジェリコー(ルーアン、1791年-パリ、1824年)
《メデューズ号の筏》
1819年のサロンに出品
ジェリコーのアトリエ
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油彩、カンヴァス
縦4.91 m、横7.16 m
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1824年、ジェリコーの友人ピエール=ジョゼフ・ドゥドルー=ドルシーの仲介により、画家の死後の競売において取得
INV. 4884
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ドゥノン翼
2階
モリアン ロマン主義
展示室77
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
