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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《メリティネ》

《メリティネ》

© 1996 RMN / Hervé Lewandowski

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
ローマ美術

執筆:
Lepetoukha Charlotte

台石に刻まれた5行の碑文より、メリティネは、ピレウスの大女神に奉げられた神殿の巫女であったことが分かる。地方で制作された作品としての特性は、図案化されたマントのひだや、公式モデルを基準に制作された同時代の肖像よりも際立つ、像のレアリスムに認められる。

現実的な肖像

この肖像は熟年の女性のものである。シニョンによってまとめられ、規則的なウエーブが形づくる髪型が、ためらうことなく年齢が表わされた、厳格な容貌を縁取っている。特に左右非対称の顔立ちは、表現の真実主義的傾向を際立たせている。チュニカを包み隠すマントに覆われた上半身はアカンサスの葉の束より出現しているようだ。台石にはギリシア語の古い碑文が刻まれ、この肖像のモデルの身元を明らかにしている。それらは以下のように翻訳される。「フィリスティデスの執政官位下、ペアニア区のプリモスの娘、メリティネは、女神官を勤め、(この胸像)を奉げる。フリア区、のプラクシリテレスの息子、神官位、フィレモン。」

デメテル神の神官

この胸像が発見されたピレウス市のメトローン遺跡はデメテルに奉げられた神殿である。メリティネはおそらく、一年間巫女を勤めた後、一般の市民生活に戻っている。というのも古代ギリシア世界では、神官職は、召命というより司法官と同等の位の役職で、終身職ではなかった。この役職は、市民権を持つ者やその妻にも開けており、その役割は主に、祭儀を円滑に取り運び、神殿の維持を監視することであった。巫女は説教をしないが、祭儀の遵守に基づく宗教の中では、その祭儀進行を組織するという重要な役割から、宗教生活にかけがいのない人物とされていた。
この人物像は、メリティネが巫女の職を離れてから制作されたことが碑文から分かり、しかも彼女が亡くなってから制作されたことも充分考えられる。というのもアカンサスの葉の束はいくつかの葬祭用胸像にも見られるのである。アカンサスの葉は常緑樹で、永遠の生命の象徴である。

制作年代が確認されている貴重な作品

メリティネの髪形は、マルクス・アウレリリウス帝(在位161-180年)の妃、小ファウスティナの肖像を簡素化したものを思い浮かばせる。古代ローマ時代の女性肖像は、その時代の皇帝の妃の髪形を真似る傾向がある。それに加え、胸の辺りで交差されたマントの身につけ方は、紀元後2世紀の肖像に典型的である。紀元後2世紀の作品との比較から割り出された制作年代は、司法官位フィリスティデスの名を挙げた碑文により、より確実なものとなった。というのも司法官を列挙したリストは現代も保管されており、それぞれの司法官位の明確な時代的位置づけが可能であるからだ。フィリスティデスは163年から164年度に役職を務めた。この年代がメリティネの肖像の制作年代だと考えるべきである。作品は恐らくピレウス地方で制作された。マントのひだの加工に明確に見られる図案化の傾向と、アントニヌス朝の皇室肖像の理想化とかけ離れた人相の地味さは、これが地方で制作されたことを物語っている。

出典

- JUCKER H., Die Bildnisse im Blätterkelch, Lausanne et Fribourg, 1961, n 45 , p. 97, pl. 38.

- KERSAUSON K. (de), Catalogue des portraits romains, II, Paris 1996, n 139, p. 308.

作品データ

  • 《メリティネ》

    163-164年

    アテネ近郊のピレウス市のメトローン遺跡(ギリシア)

  • 大理石、丸彫

    高さ70cm

  • 1914年ヴァソワーニュ・コレクションより購入

    N° d'entrée MND 1014 (n° usuel Ma 3068)

  • 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術

    ドゥノン翼
    1階
    ローマ美術:紀元3世紀のローマと属州
    展示室26

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