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《ルネ・ド・ビラグ枢機卿(1506—1583年)》

© Musée du Louvre/P. Philibert

彫刻
ルネサンスのフランス

執筆:
Montalbetti Valérie

この威風堂々たるビラグの彫像はフランスのブロンズ彫刻の最高峰の一つを占めるものである。司祭のマントのまぶしいばかりに湧き立つ布襞で、自分の芸術の頂点に立つジェルマン・ピロンは、彫刻に感動的な記念碑性を与える。同時に見事な人物肖像を完成させている。

権力ある人物

フランスの公国であったミラノに生まれたルネ・ド・ビラグは、フランス王のもとに仕え、行政官、法律家そして軍人として偉業を成した。ミシェル・ド・ロピタルが1574年に亡くなった後フランス大法官に任命された。1572年に妻を失い宗門に入り、1578年に枢機卿の位を授かる。人物に関しては種々の説がある。1573年に妻のヴァランティーヌ・バルビアニの墓(ルーヴル美術館)を16世紀末のフランス彫刻界を制覇するジェルマン・ピロンに注文する。自分の霊廟礼拝堂をパリのサント=カトリーヌ=デュ=ヴァル=デ=ゼコリエ教会に求めた。1584年にビラグの相続人がピロンに墓の制作を依頼したが、故人が生存中の1577—1578年に既にこの計画があったようである。

圧倒的な大きさの作品

ピロンは簡素で記念碑的な墓を構想する。中心に枢機卿の祈祷像を据え、周りには大理石とブロンズ製の建築を置く。この祈祷像は永遠の祈祷を表し、サン=ドニの王室霊廟の肖像例の後、非常に良く使われる表現方法となっていた。ビラグの祈祷像はピロンがヴァロワ家の霊廟のために制作したアンリ2世の祈祷像から生まれたものだが、彫刻家はここでは前例のないたっぷりとした広がりを吹き込み、ブロンズ美術の最高峰の作品の一つにしている。重いマントは、人物の横顔に続くプリーツを成す布襞となって終わり、モニュメントの幅全体を占める。固く寄せ合わされた両手のように集中力のある表情に富んだ顔は、マントから浮き上がり、凝縮した存在感を持つ。(全体の印象を薄める可能性のある)装飾的な細部は、毛皮の刻みを除いて省略された。礼拝堂の照明の悪さによるものと考えられるが、枢機卿のマントの赤が目立つ様に彫像は着色されていた。姿は斜めの方向へと軽い動きを伴っており、礼拝堂の中で祈祷像に祭壇の方を見つめさせることができた。この軽い衝動だけで十分に鑑賞者の空間を勝ち取る。

心理貫く肖像

多数のメダイヨンやヴァロア朝の王達の胸像シリーズの作者であるピロンは容貌の特徴の明確な表現や肖像の心理の貫きで有名であった。ここでは、現世の偉人の老いた顔の感動的な写実性が、短い髪、突出した頬骨、権威ある鼻、飛び出た額の静脈筋、目立つ皺、目のたるみ等の描写に見られる。肖像の正確さは、現在国立図書館に保存されているメダイヨン用に、1577年に生存中の大法官の肖像を制作したことによる。墓は17世紀にすぐ解体され、1783年のサント=カトリーヌ教会の破壊の際にサン=ルイ=デ=ジェジュイットに移され、革命期には撤去された。祈祷像は、ルノワールの采配により、溶解を免れた。

出典

- BABELON Jean, Germain Pilon, Paris, 1927, pp. 66-67.

- BEAULIEU Michèle, Description raisonnée des sculptures du musée du Louvre, t. II Renaissance française, Paris, Éditions de la Réunion des musées nationaux, 1978, pp. 136-138.

- BRESC-BAUTIER Geneviève (dir.), Germain Pilon et les sculpteurs français de la Renaissance, Actes du colloque organisé au musée du Louvre, 26 et 27 octobre 1990, Paris, La Documentation française, 1993, pp. 206-208.

- COURAJOD Louis, "Germain Pilon et le tombeau de Birague par devant notaire", in L'Art, 1878.

- GRODECKI Catherine, "Les marchés de Germain Pilon pour la chapelle funéraire et les tombeaux des Birague en l'église Sainte-Catherine-du-Val-des-Écoliers", in Revue de l'Art, n 54, 1981, pp. 61-78.

- ZERNER Henri, L'Art de la Renaissance en France. L'invention du classicisme, Paris, Flammarion, 1996, pp. 354-358.

作品データ

  • ジェルマン・ピロン、パリ1540年から知られ1590年没

    《ルネ・ド・ビラグ枢機卿(1506—1583年)》

    彫刻家と故人の娘ネール侯爵夫人フランソワーズ・ド・ビラグと従兄弟のセザール・ド・ビラグとの間の1584年2月1日付契約

    パリのサント=カトリーヌ=デュ=ヴァル=デ=ゼコリエ教会内ビラグ家霊廟礼拝堂

    パリ

  • ブロンズ

    高さ1.40m、幅2.10m、奥行き0.85m

  • 1783年サン=ルイ=デ=ジェジュイット教会に移転、革命期接収、オーギュスタン保管所、1795—1816年フランス記念物博物館、エコール・デ・ボザール、1837年ヴェルサイユ美術館、1847年ルーヴル美術館

    L.P. 396

  • 彫刻

    リシュリュー翼
    1階
    ピロン
    展示室15a

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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