Go to content Go to navigation Go to search Change language

ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《三頭政治下の虐殺》

作品 《三頭政治下の虐殺》

絵画部門 : フランス絵画

《三頭政治下の虐殺》

© Musée du Louvre/A. Dequier - M. Bard

絵画
フランス絵画

執筆:
Pomarède Vincent

この絵は、宗教戦争中に起ったプロテスタントの虐殺を暗示している作品である。1561年4月6日、モンモランシー元帥、ジャック・ダルボン・ド・サン=タンドレ、ギーズ公は、プロテスタントに対抗するため執政官となり、三頭政治が成立した。古代および近代のローマの建造物や彫像(ベルヴェデーレのアポロン像、ディオスクーロイ)は、アントワーヌ・ラフレリの版画に想を得たものと思われる。

アッピアノスに基づいて・・・現在を証言するために

ギリシア・ヘレニズム期の歴史家であるアッピアノスは、マルクス・アウレリウス帝時代に24巻にのぼる『ローマ史』を書き上げているが、その中の13巻から17巻で内乱について言及しており、三頭政治の執政官アントニウス、オクタヴィアヌス、レピドゥスが、前43年にローマに入城し、三頭政治宣言を行った後に繰り広げられた虐殺を語っている。アントワーヌ・カロンが選んだテーマは、プロテスタントとカトリックの間で行われた虐殺、その中でもとりわけ1561年4月6日の、モンモランシー元帥、ジャック・ダルボン・ド・サン=タンドレ、ギーズ公の「三頭政治」によるプロテスタントの虐殺を反映している。

想像上のローマ

《三頭政治下の虐殺》は、版画家ラフレリによる著作『華麗なるローマの観察』を基にして古代ローマを描いている。アントワーヌ・カロンが一度もイタリアを旅したことがないという事実も念頭に置かなければならない。右側には、1507年に発見されたコモドゥス・ヘラクレスと、315年に建立されたコンスタンティヌス帝の凱旋門、そしてミケランジェロがデッサンした、マルクス・アウレリウス帝の騎馬像のあるカピトリーノ広場が描かれている。左側には、ベルヴェデーレのアポロン像、203年建立のセプティミウス・セウェルス帝の凱旋門、そしてトラヤヌス帝の記念柱が見える。中心部には、80年にドミティアヌス帝が落成式を行ったコロッセウムとパンテオンが描かれている。背景右側にはティトゥス帝の凱旋門、背景左側にはサン・タンジェロ城とサン・タンジェロ橋が認められる。

ジョクール侯爵による寄贈

《三頭政治下の虐殺》は、ジョクール侯爵によって1939年ルーヴル美術館に寄贈された。本来は一つの作品として構成されていたが、ある時期に3枚のパネルに切り離された。

作品データ

  • アントワーヌ・カロン(ボーヴェ、1521年-パリ、1599年)

    《三頭政治下の虐殺》

    1566年

  • 油彩、カンヴァス

    縦1.16 m、横1.95 m

  • 1939年、ジョクール侯爵による寄贈

    R.F. 1939-28

  • 絵画

    リシュリュー翼
    3階
    クーザンとカロン
    展示室9

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

チケットを購入する