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《夢遊病のマクベス夫人》

© 1994 RMN / Hervé Lewandowski

絵画
イギリス絵画

執筆:
Odin Alice

スイス生まれであるものの、フュースリは18世紀末のイギリスの偉大な芸術家のひとりと見なされている。幻想的な主題に魅了され、イギリスで彼は多大な成功を収めることになる。シェイクスピアの戯曲『マクベス』から引用したこの絵画は、マクベス夫人の狂気を描いている。18世紀におけるシェイクスピアの成功は、最も超自然的で陰鬱な彼の戯曲の主題を頻繁に扱った絵画の真の誕生によって説明されている。フュースリはこの作品を1784年頃に制作している。

正常の極限にあるシェイクスピア

ほとんど完全な暗闇の中に、松明を振りかざし、顔を歪め、恐怖の瞳を湛えたマクベス夫人が浮かび上がっている。この場面(第5幕、第1場参照)は、夢遊病のマクベス夫人が、自ら犯した罪の悔恨によって幽霊に取り付かれ、狂気に陥り、巨大な城砦の長い廊下を歩いているところである。左奥にいる不安げな医師と、夫人の出現に怯える若い娘といった二人の人物の姿は、ほとんど見分けられないほどである。
画面の二色の色彩は、狂気の描写を劇的に高めるばかりである。背景に描かれた人物たちと室内の暗がりとは反対に、主人公の明るさは闇を打ち破るかのようである。実際に夫人の輝きは若い娘に反射しており、あたかも自らの恐ろしい影響力を周りの人々に及ぼしているかのようである。
黄色は狂気と頻繁に結び付けられる色である。長い黄色のドレスや赤褐色の髪と同時に松明の炎がマクベス夫人の狂気の影響力を表現している。左腕をすらりと伸ばした夫人のしぐさは、場面における極度の誇張に寄与している。

巧みな構図

「感覚は閉ざされているが目は開いている」夢遊病の狂気を描いたこの作品は、極度に過敏で激しい信念が備わった芸術家であったフュースリの芸術に適応していた。当時の容貌学の概論に影響を受けた画家は、人間の表情に多くの注意を注いでいる。
画家は1757年にエドマンド・バークがその随筆『崇高と美の観念の起原』の中で定義した、崇高の美学を直ちに取り入れるようになる。バークによると崇高な美は、奇妙さもしくは恐怖を生み出す感情であった。こうして、フュースリの作品は、彼の最も有名な絵画である《悪夢》が示しているように、衝撃を与え、疑問を投げかけ、特別な位置を占めるているのである。
夢遊病に陥ったマクベス夫人は、フュースリが素晴らしく巧妙に矛盾を描き出していることを証明している。「正常」な状態と狂気の狭間、昼と夜の狭間、日常と奇妙なものの狭間における極限は、画家が探求した障壁であったのだ。

再認識された独創性

牧師であった後に1768年にレノルズに奨励されて画家となったフュースリは、多大な称賛を受けたイギリスの画家であった。彼は1800年にロイヤル・アカデミーの教授に就任する。作品制作に常に貪欲な彼は、シェイクスピアに感化を受けた作品が集められた画廊、ボイデル・ギャラリーの設立に参加している。
当時の絵画の伝統にはあまり関心がなかったフュースリは、早くからエリート主義と難解な芸術に対する見解を述べるようになる。社会から離れた存在であったものの、同時代の人々は彼の才能を認識し、当時のもう一人の奇人、ウィリアム・ブレイクと結び付けている。

作品データ

  • ヨハン・ハインリヒ・フュースリ、通称ヘンリー・フューズリ(チューリッヒ、1741年-パトニー・ヒル、ロンドン、1825年)

    《夢遊病のマクベス夫人》

    1784年

  • カンヴァス、油彩

    縦2.21m、横1.60m

  • バーゼル、カール・ランスロー・コレクションバーゼル、リシャー・ドレフュス・コレクション1970年、イタリア美術市場から取得

    (シェイクスピア、『マクベス』第5幕、第1場)

    R.F. 1970-29

  • 絵画

    ドゥノン翼
    2階
    ゴヤ 18‐19世紀のスペイン絵画
    展示室32

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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