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《宰相ロランの聖母》

© 2009 Musée du Louvre / Erich Lessing

絵画
フランドル絵画

執筆:
Kazerouni Guillaume

ブルゴーニュ公国フィリップ善良公の宰相であったニコラ・ロラン(1376/1380‐1462)が、天地創造の力を象徴する地球儀を持ちながら宰相を祝福する神の子イエスを崇拝している。キリストの母、マリアの備える本質的な役割が、天使たちが戴く王家の冠によって強調されている。

オータン、ノートル・ダム・ドュ・シャテル教会、聖セバスチャン礼拝堂の絵画

作品は、オータンにあったノートル・ダム・ドュ・シャテル教会の聖セバスチャン礼拝堂に飾られていた。1793年に建物が倒壊した際、作品はこの地を離れてルーヴルのコレクションに加わった。その際に制作年と画家の署名が記載されていたと思われる額縁が紛失している。
ニコラ・ロランは礼拝堂の飾りとして、寄進者としての自らの姿が見事な写実的描写で描かれたこの絵画を注文した。オータンの質素な家庭の出である彼は、ヴァロワ家の二人のブルゴーニュ公、ジャン無怖公とフィリップ善良公の信頼を勝ち得て昇級したものと思われる。弁護士であった彼は、1422年に宰相に任命されている。作品の出所は、彼の先祖が埋葬され、彼自身も洗礼を授かったオータンのノートル・ダム・ドュ・シャテル教会における建築物に遡る。見識豊かな芸術庇護者として、彼は当時名声を博していた画家たちに様々な注文をした。こうして彼の名前は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンによる《最後の審判の三連祭壇画》(ボーヌ救済院所蔵)や、ルーヴル所蔵の《聖母マリア》といった同じくらい素晴らしい作品とつながっているのだ。

図像

ファン・エイクは聖母子の前に跪く宰相を描いている。王子のような毛皮と金のブロケードを身に纏った寄進者のこれ見よがしの様相は、宮廷の高い身分に位置する人物として受け取られたいという宰相の強い意向を伝えている。構図は三つのアーチが描かれた空間の両側に組み立てられている。片側では、地上の人物が彫刻の施されたビロードの布に覆われた祈祷台の上で祈りの姿勢を取り、もう一方には聖人たちが配されている。聖母は大理石の玉座に座り、宝石が散りばめられた刺繍の付いた豪華なマントを纏っている。左側に見られる柱頭には、人類の犯した罪を強調する旧約聖書の場面、楽園の追放、カインを殺したアベルの捧げ物を受け取る神を描いたカインとアベルの犠牲、ノアの箱舟、裸のノアを覆う息子が刻まれている。これら全てが、ファン・エイクによって用いられ、その後イタリアにおいて非常に人気を博した「聖会話」(聖人と寄贈者を結集した場面)の様式で構成されている。

ファン・エイクと新芸術

ロベルト・カンピンとヤン・ファン・エイクは、1520-1530年にかけてフランドルで生まれた新しい絵画を代表する画家である。油彩の技術が定着し、光や自然な細部により一層輝きをもたらすことが可能になった。ファン・エイクは油彩技法を最初に使用した画家の一人であり、そのためから誤って油彩技法の発明者とみなされている。空間に描き込まれた人物像の手法や作品構成も同じく非常に斬新である。人物は遠近法に基づいて組み立てられた室内に彫刻を思わせる手法で配されている。奥行きは建築物、舗床、そして作品の中で最も見事な要素の一つである風景によってもたらされている。

作品データ

  • ヤン・ファン・エイク(マーセイク、1390/1395年頃‐ブリュージュ、1441年)

    《宰相ロランの聖母》

    1435年頃

    オータン、ノートル・ダム参事会教会(フランス革命時に倒壊)

  • 油彩 板

    縦66cm、横62cm

  • オータン、ノートル・ダム・ドュ・シャテル教会の中に宰相ロランが創設した礼拝堂のために制作。1800年、フランス革命時に採取、ルーヴルに移送。

    INV. 1271

  • 絵画

    リシュリュー翼
    3階
    ネーデルラント 15世紀 ヤン・ファン・エイク、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
    展示室4

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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