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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《瀕死のクレオパトラ》
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《瀕死のクレオパトラ》
© 2007 Musée du Louvre / Pierre Philibert
彫刻
17-18世紀のフランス
ユリウス・カエサルの死後、ローマを統治する三頭政治官マルクス゠アントニウス、オクタウィウス、レピドゥスは共和党を廃止しローマ帝国を分け合う(西はオクタウィウス、東はマルクス゠アントニウス、アフリカはレピドゥス)。エジプト女王クレオパトラに魅了されたマルクス゠アントニウスは徐々に自分の管轄領地を女王に譲渡する。オクタウィウスはエジプトに戦争を挑み、アクティウムの戦いにて打ち勝つ。クレオパトラは毒蛇に身をかませての自害を決意する。
劇的で官能的な作品
この重厚かつ壮烈な主題は、古代の歴史から創意を得たもので、アーティストはそこに悲劇的で官能的なイメージを与えている。弱った女王は、寝床のクッションに体を倒し、左腕で支えた半身を横たえる。バロワは、ルネッサンス期から絶賛され、当時はクレオパトラを表現したとされた古代の彫像《捨てられたアリアドネ》のポーズを思い出したのであろう。ヴァティカンにあるこのオリジナル作品から、フランソワ1世の為に、(フランスの宮廷で働いたフィレンツェ出身のアーティスト)プリマティッチオが型をとり、フォンテーヌブロー城向けブロンズ像を制作している。刺繍入りの飾紐や金属細工のベルトで締められた衣服が体から滑り落ち、胸が露になっている。後ろに投げやられた左肩、ひっくり返った頭、天を見上げる目は気を失わんばかりの苦痛を表す。ヴェールの一片が、膚の露な肩に垂れる。彫刻家は、布襞に正に創意を駆使し、場面の肉感性を強調している。
浮彫に代わる丸彫小像
フランソワ・バロワはこの作品で1700年10月30日に王立絵画彫刻アカデミーに入会となった。アカデミーが以後、浮彫に代わって課すことになる丸彫の入会作品シリーズは、彼が先駆者となる。コルネイユ・ヴァン・クレーヴによる1681年の入会作品、大理石製小像《ポリュフェモス》は例外的な先例の一つである。このタイプの小像は、1793年にアカデミーが廃止されるまで、ほとんど不変的な規則となった。
出典
- GABORIT Jean-René (dir.), Sculpture française, t. II. Renaissance et Temps modernes, catalogue d'exposition, musée du Louvre, Éditions de la Réunion des musées nationaux, Paris, 1998.作品データ
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フランソワ・バロワ(パリ、1656年 – パリ、1726年)
《瀕死のクレオパトラ》
18世紀第一4半世紀
王立絵画彫刻アカデミー入会作品、1700年10月30日提出
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大理石
高さ0.48m 幅1.01m 奥行き0.29m
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王立絵画彫刻アカデミー・コレクション、1793年8月革命時接収、ヴェルサイユのフランス派特別美術館(1798年6月19日配分、1802年10月5日引渡し)、1824年ヴェルサイユ収蔵庫にて目録制作、1825年9月ムードン城、19世紀末に家具調度品保管所に入庫
M.R 1756
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リシュリュー翼
1階
ジラルドンの地下展示室
展示室20
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
