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《瀕死の剣闘士》

© 2007 Musée du Louvre / Pierre Philibert

彫刻
17-18世紀のフランス

執筆:
Montalbetti Valérie

  

アーティストにとって決定的な作品

胸を突かれた剣闘士は、勝ち取った勇敢賞の月桂冠を見つめながら、自制と尊厳をもって死に身を任せる。王立絵画彫刻アカデミーの入会の為に提出したこの作品は、決定的なものだった。ピエール・ジュリアンは既に1776年にガニュメデスの彫像(ルーヴル)をアカデミーへ提出したが作品は拒絶された。師のギヨーム・クストゥ2世が才能のありすぎる同業者を支援しなかったのではと疑われた。この不当な落選はアーティストを辱め、造船の彫刻家になろうと思った。友人達に勇気づけられ、不屈に1778年に《瀕死の剣闘士》の原型をアカデミー会員資格承認用に提出した。1779年3月27日に入会を果たし、1781年からは助教授に任命された。この作品は1779年のサロンで賞賛を浴びた。1776年の苦い思いは解消された。

感動を呼ぶ巧妙な作品

この巧みな作品の中で、アーティストは個性を出しながらもアカデミックな基準を遵守する。作品には古典への知識が見られる。ローマのフランス・アカデミーに滞在した1769年から1772年までの間にカピトリーノ美術館の《瀕死の剣闘士》の新たな解釈表現を試み、この古代彫刻を大理石で模刻した。足の位置は、非常に賞賛されていた古代彫刻でフィレンツェに保存されている《研ぐ人》に想を得たらしい。これは、イタリア人フォッジーニによって1684年に大理石で模刻されヴェルサイユに所蔵されていた(ルーヴル美術館)。ジュリアンは裸像を制作することにより、その解剖学の知識の確かさを見せる。小像の後ろに大きく落ちる布襞が非常に美しい。しかし、彫刻家自身が持ち込んだプロポーションの優雅さや肉付けの柔らかさ、制作の精巧さ(手の繊細さ、月桂樹の葉や髪房の刻み)、そして大理石の完璧な完成度とテクスチャー表現(楯や剣の磨き仕上げは金属的輝きを暗示)がこの作品を感動的なものにしているのである。

古典宣言

この作品は、記号化された分野でも古典感覚が再生されたことを証言する。1740年代から彫刻家のエドム・ブーシャルドンやジャン=バティスト・ピガールにより下準備された古代や自然への回帰は、1770年代には優勢となった。ジュリアンは、苦痛を制して静かにストイックに死ぬ人間の雄々しさを称揚する。構図の均衡やポーズの気高さ、僅かに見える傷や押さえられた感情が、この雄々しい静穏さに造形的に応えている。当時最も賞賛された古代作品の一つであるラオコーン像のように、剣闘士は苦しむが叫ばない。この苦痛の中の抑制は彫刻を一層感動を呼ぶ内面的なものにしている。1779年のサロンのある評論家が次の様に鑑賞者の感情移入を伝えている。「これは息絶える不幸な人で、皆がその苦しみを分かち合う。一言でいえば、この姿は全てが魂である。」

出典

- PASCAL André, Pierre Julien sculpteur, Paris, 1904, pp.26-28.

- Skulptur aus dem Louvre : 89 werke des französischen Klassizismus 1770-1830, catalogue de l’exposition, Duisbourg, 1989, n°6 (Guilhem Scherf), p.276.

作品データ

  • ピエール・ジュリアン、サン=ポリアン(オット=ロワール)1731年—パリ1804年

    《瀕死の剣闘士》

    1779年

    1779年アカデミー入会作品

  • 大理石

    高さ60cm、幅48cm、奥行き42cm

  • アカデミー・コレクション革命期接収

    R.F. 4623

  • 彫刻

    リシュリュー翼
    1階
    アカデミーの小ギャラリー
    展示室25

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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