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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《聖母の死》

《聖母の死》

© 1993 RMN / René-Gabriel Ojéda

絵画
イタリア絵画

執筆:
Alfandari Agnès

ローマのサンタ・マリア・デッラ・スカーラ・イン・トラヴェステヴェレ聖堂のために1601年に注文されたこの絵画は、1605-1606年になってようやく完成した。聖堂という場所にふさわしくないと聖堂の修道士から受け取りを拒否され、絵画はカルロ・サラチェーニによる同じ主題を描いた作品に取り替えられた。

露骨に表現された宗教的主題

マリアが赤い衣服を着ただけの姿で寝床に横たわっている。傾(かし)いだままの頭、だらりと伸びた左腕、腫れ上がって広げられた脚が、聖母の亡骸を生々しく写実的に描写している。唯一、細い光輪が人物の神聖なる特性を表している。聖母の周りに集った使徒たちは、識別が非常に困難である。彼らの顔はほとんど皆、陰の中に消えているか、手で覆い隠されている。左側の年老いた男はおそらく聖ペテロ、彼の横で跪(ひざまず)いているのが聖ヨハネだと思われる。前景で独り離れた所にいる女性は、マグダラのマリアであるとしばしば解釈される。主題の神性を物語るものはここには何も存在しない。カラヴァッジォは聖母の聖性を強調する伝統的な図像表現を完全に放棄している。ふつう宗教絵画に見られる、絵全体に浸み込むような敬意のこもった表現は、この打ち棄てられた身体の中にはまったく残っていないのである。

影と光の作品

作品の構図は絵画の中心的主題である聖母の周囲に組み立てられている。ひとかたまりになって寄り集う人々と、描かれた人物たちのしぐさが我々の視線を放置された身体へと導いている。血の色の布地でできた、襞のある演劇風の衣服が、場面の劇的効果を強調している。画家は物体や人物、衣服の起伏に立体感をもたらすために影と光の濃淡を用いている。しかしこの手法によって画家が特に強調しているのは、まばゆい光に照らし出された聖母の物理的な存在感である。段階的な明るい色の筆致を用いることによって、画家はさらに奥行きの感覚を作り出している。前景のマグダラのマリアの首すじに始まる我々の視線は、マリアの顔、手、使徒たちの頭部へと移りながら、より深く絵画の中へと入り込んでゆくのだ。あらゆる逸話的な細部描写を消し去りつつ、カラヴァッジォはただ人物の存在と彼らの感情の激しさだけで、場面に驚くべき荘厳さをもたらしているのである。

革命的画家カラヴァッジォ

1601-1606年頃に《聖母の死》を制作した時、カラヴァッジォはローマですでに15年ほど活動していた。この作品は、サンタ・マリア・デッラ・スカーラ・イン・トラステヴェレ教会の中にあるヴァティカンの法学者の家族礼拝堂を飾るために注文されたものであったが、その場所にふさわしくないと判断した聖職者によって受け取りを拒否された。カラヴァッジォが宗教的題材に与えた、あらゆる聖性を排除した、非常に写実的で露骨な光景は、当時の一般の人々に激しい反響を引き起こした。
この絵画は16世紀から17世紀の転換期にカラヴァッジォが提示した図像表現および形状における革命を明確に表わしている。極度に洗練され気取りのあるマニエリスムの流れから離れ、画家はより率直な、ゆとりある力強い作風を打ち立てたのである。カラヴァッジォは、聖なるものの表現に結び付いた慣習に気を配ることなく、人々の真の姿とその感情を表現することに専心している。彼がもたらした衝撃は17世紀の絵画観の変遷においてきわめて重要なものであった。

出典

- LOIRE Stéphane, "La Mort de La Vierge".

作品データ

  • ミケランジェロ・メリージ、通称カラヴァッジォ(カラヴァッジォ)

    《聖母の死》

    1601-1605/1606年

    ローマのサンタ・マリア・デッラ・スカーラ・イン・トラステヴェレ聖堂の礼拝堂中央祭壇のために制作。

  • 画布に油彩

    縦3.69m、横2.45m

  • ルイ14世コレクション(1671年取得)

    INV. 54

  • 絵画

    ドゥノン翼
    2階
    グランド・ギャラリー トスカーナと北イタリアの絵画 15‐16世紀
    展示室8

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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