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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《馬丁に制される馬,通称マルリーの馬》
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- イメージ: 《馬丁に制される馬,通称マルリーの馬》
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- イメージ: Cheval retenu par un palefrenier dit Cheval de Marly
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- イメージ: Cheval retenu par un palefrenier dit Cheval de Marly
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《馬丁に制される馬,通称マルリーの馬》
© 1997 Musée du Louvre / Pierre Philibert
彫刻
17-18世紀のフランス
馬丁に制される馬を表す二つの大きな大理石像は、マルリー城庭園の水飼い場の為に1739年に注文された。1743年に王が、ルーヴルの中庭に展示されている原型を選ぶ。大理石像は1745年にマルリーに置かれる。1794年には画家ダヴィッドの指揮のもとに、パリに移され、シャンゼリゼ入り口に背の高い台座と共に設置される。
多種に発想を得た代替作品
ルイ14世からアントワーヌ・コワズヴォへの注文の⦅名声の馬⦆は、マルリー城庭園の水飼い場の水場の上にそそり出ていたが、1719年にチュイルリー城に移されてしまう。1739年にマルリーを訪れたルイ15世は空となった部分を埋めるため、コワズヴォの甥のギヨーム・クストゥ1世に2つの群像を注文する。クストゥーは亡き叔父をライバルと見立てる。叔父同様、巧みな技を駆使し、カㇽラーラ産大理石の一塊を突いて巨大な2作品を記録破りの2年という短期間(1743−1745年)で制作する。(今日は欠けて無い)手綱、逆立つ鬣、ゆれる軽い尾、馬の体から離れる熊の皮等の種々の細部は、彫り貫く際に細心の注意を必要とした。アーティストはローマのクイリナーレ宮殿の前にある、後ろ足立ちとなっている馬の古代彫刻群像《ディオスクーロイ》、またルーヴルにその一原型があるマルシー兄弟の《アポロンの馬》等、17世紀フランス彫刻に登場する、後ろ足立ちの馬の作品例を多分思いだしたのであろう。その当時、ロベール・ル・ロランによって1737年頃制作されたロアン邸の厩舎の高浮彫《太陽の馬》の馬の嘶きにはたぶん影響を受けたに違いない。特に自然から想を得て、人間や馬の動きは生きたモデルから習作をした。
・・・とは言え革新的
この作品の新しさは、神話や寓意に発想を得ていない点である。ここでは原始的な自然、制されない馬と、力で筋肉が張り切った戦闘士の人間、この野性的な二つの力の戦いを表現している。床の葦や岩がコワズヴォの作品の武器束に替わる。後足立ちの体、神経質な頭、嘶く口、膨張した鼻と目、逆立つ鬣等、力強く首太の馬は狂乱の諸様相を示す。制しがたい自然の力がまたすぐ解き放されんばかりである。この闘いの動き、力、荒々しさは、鑑賞者がどこに立ったとしても印象づけられものである。この瞬間を捉える中に、ジェリコーのロマン主義の作品を先取りする息吹がある。ヴィクトル・ユゴーは「この金色の雲の上で後ろ足立ちになって嘶くこの大理石像」と絶賛した。
クストゥーは(アメリカの)インディアンの奴隷を彫ったと述べており、激しい努力の末、床に落ちた矢筒や羽付きの帽子はそこからきている。その参照は不確か(一方の馬丁は西洋人、他方はアフリカ人に見える)であるが、この彫刻は、旅行者や宣教師達の紀行文によって既に広まっていた,いわゆるルソーが唱える「良き野蛮人」という思想に先駆けるものとなる。
移転
《馬》は、当初から国家の傑作彫刻作品と見なされ、革命時のマルリー城破壊から免れ、1795年に、ダヴィッドの指示で、コワズヴォの群像と共に、シャンゼリゼ入り口の革命広場(現在のコンコルド広場)に移転した。保存の必要から1984年にルーヴル美術館の収蔵となり、コンコルド広場そしてマルリー城庭園には鋳型による複製が置かれている。
出典
- SOUCHAL François, Les Frères Coustou, Paris, 1980, p. 225-232.- Les Chevaux de Marly, Musée promenade de Marly-le-Roi, Louveciennes, 1985.
- BRESC Geneviève, PINGEOT Anne, Sculptures des jardins du Louvre, du Carrousel et des Tuileries, Éditions de la Réunion des musées nationaux, 1986, II, p.104-110.
作品データ
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ギヨーム・クストゥ1世
《馬丁に制される馬,通称マルリーの馬》
1745年
大理石像は1745年にマルリーに設置。1794年に画家ダヴィッドの指揮によりパリに移転、シャンゼリ入り、高い台座の上に載せて設置。
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カッラーラ産大理石
MR1802:高さ3.40m 幅2.84m 奥行き1.27mMR1803 :高さ3.40m 長さ2.84m、奥1.27m
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1984年11月6日と13日にルーヴルに収蔵。
M.R. 1802
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リシュリュー翼
地上階
マルリーの中庭
中庭
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
