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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《1792年8月10日》

Le 10 août 1792

Musée du Louvre, dist. RMN-Grand Palais - Photo M. Beck-Coppola

素描・版画
18世紀

執筆:
Morin Alexia, Grollemund Hélène

ダヴィッドの教えを受けた大素描家ジェラールは、1794年にパリで公安委員会が募集したコンクールに応募した。このコンクールでジェラールは、同時代の歴史を表わすという当時としてはきわめて斬新な主題であった、「フランス革命の最も輝かしい時代」を描かなければならなかった。結局ジェラールは、この素描《8月10日に専制君主の廃位を求めるフランス人民》でコンクールの大賞受賞者となったが、それを基にした絵画はついに完成することがなかった。

共和歴2年のコンクール

1794年4月24日、公安委員会は、共和歴2年のコンクールを開催し、「共和国全ての芸術家が、自ら主題を選んで、フランス革命の最も輝かしい時代を表わす油彩画を描く」よう呼びかけた。フランス革命下において芸術の政治色がきわめて濃かった時代であり、公安委員会は、芸術家の競争心をまた高め、公共の注文を再び実施し、旧アカデミーによって称賛されたジャンル間の序列を打ち倒さなければならなかった。それゆえ、同時代の近代史がコンクールのテーマとなったのである。1795年8月になってようやく国民公会から指名された大賞受賞者は、ヴァンサンと《8月10日に専制君主の廃位を求めるフランス人民》のジェラールであった。それゆえ、この二人の受賞者は、国の費用で「国家的記念碑」たる絵画を制作できることになったのである。ジェラールには、1797年と1798年の二度に渡って絵画制作のための費用が支払われた。しかし、最後の3分の1はついに支払われず、絵画制作は放棄されたものと考えられる。総裁政府時代の流行画家、エリートの肖像画家、そして古典古代を得意とする画家であったジェラールは、古い理想をなおざりにしたようである。

恐怖政治

1792年7月11日、立法議会は、ブルンスヴィックの軍隊と戦うべく、「祖国の危機」を宣言した。愛国者は、国王の裏切りを非難し、国王の信用が失墜したと主張し、ロベスピエールは国王の廃位という考えを打ち出す。8月9日の夕方に蜂起が起こり、夜にチュイルリー宮殿は包囲された。蜂起者と軍隊との直接対決を避けるため、国王は議会内部の調馬場に逃げ込む。朝に議会は、国王とその一家を受け入れることを承諾した。国王一家は、幕によって調馬場と区切られたロッジア、すなわち議会の外側に隔離される。1791年の憲法によれば、議会は国王の御前では討議できない決まりであったから、こうして憲法は不自然とさえ言えるほどに尊重されたのである。それでも、蜂起者とチュイルリー宮殿のスイス人護衛兵との間に戦闘が勃発した。ついに請願者は、「祖国、自由、平等」と書かれたのぼりを手に議会になだれ込んだ。ジェラールが素描で描いたのはこの局面である。

写実性と破格の間で―ダヴィッドの影響

ジェラールは、確かにその時代の証言に当たり、場面の歴史性を確立するために現実のモティーフを配置した。こうして、中央ののぼりには、文献に引用され、平等主義の要求を強調する言葉が並んでいる。前景には、チュイルリー宮殿で接収された王妃の宝石や様々な財産が隠匿されているという大箱が見える。画面中央に位置するこれらの大箱によって、王制の腐敗が強調され、敵味方の双方が場面に共存する。ただし、建造物に関しては、素描に最も大きな表現力を与え、とりわけ群集の効果を生み出すために、現実は歪められている。ここでジェラールは、その師ダヴィッドと《テニスコートの誓い》(カルナヴァレ美術館)を思い起こしたことだろう。群集の叙情、似通った身振り、《ホラティウス兄弟の誓い》(1784年、ルーヴル美術館、INV 3692)にすでに見られる腕を上げた三人組に共通点が見出せるが、ここでジェラールが描き出した場面は、人民の蜂起を讃える戦闘である。

出典

- The Age of Neo-Classicism, cat. exp. Londres, Royal Academy, Victoria and Albert Museum, 1972, n 611, pl. 88a.

- French Painting, The Revolutionary Decades : 1760-1830, Sydney, Australian Gallery Directors Council, 1980.

- La Révolution française et l'Europe 1789-1799, cat. exp. Paris, Galeries nationales du Grand Palais, Paris, Éditions de la Réunion des musées nationaux, 1989, t. III, n 1079.

- GERARD H., L'Oeuvre du Baron François Gérard (1789-1836) : gravures à l'eau forte, publié par son neveu, Paris, Vignières, 1852-1857, 3 vol., repr.

- GUIFFREY Jean, MARCEL Pierre, Inventaire général des dessins du Musée du Louvre et du Musée de Versailles. École française, 1908-1913, Paris, Librairie centrale d'art et d'architecture, t. V, n 4139 repr.

- LENORMANT Charles, François Gérard, peintre d'histoire, essai de biographie et de critique, Paris, V.-A. Waille, 1847 (2e éd.), p. 39.

- MICHEL Régis, Le Beau Idéal ou l'art du concept, cat. exp. Paris, musée du Louvre, Éditions de la Réunion des musées nationaux, 1989, pp. 105, 122-125 et n 71, p. 152.

- MOULIN M., "François Gérard, peintre du 10 août 1792", in Gazette des beaux-arts, mai-juin 1983, p. 19, n 42, repr. pp. 967-202, fig. 1, p. 199.

- OLANDER W., Pour transmettre à la postérité : French Painting and Revolution, 1774-1795, New York University, 1980, p. 24, fig. 9 et 1983, p. 317-319, fig. 223.

- SERULLAZ Arlette, Gérard, Girodet, Gros : L'atelier de David, Paris, musée du Louvre, Milan, Cinq Continents, 2005, n 10.

- VAN DE SANDT Udolpho, "Peyron et David à Rome", in David et Rome, cat. exp. Rome, Académie de France, Rome, De Luca, 1988, pp. 152-153, fig. 141, p. 155.

作品データ

  • バロン・フランソワ=パスカル=シモン・ジェラール(ローマ、1770年-パリ、1837年)

    《1792年8月10日》

    1794-1795年

  • ペンと褐色の淡彩、白のハイライト

    縦66.8 cm、横91.7 cm.

  • 共和歴2年(1794年4-5月)の素描のコンクール。1837年4月27日から29日まで、パリで画家の歿後の競売(23番)、ルーヴル美術館により取得

  • 素描・版画

    保存上の理由により、当部門の作品は常設展示室では展示されていません。

来館情報

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月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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作品の補足情報

ペンで左下に頭文字:F.G.