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作品 アッティカ赤像式杯、通称「イリウペルシスの杯」

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門 : クラシック時代のギリシア美術(前5-前4世紀)

アッティカ赤像式杯、通称「イリウペルシスの杯」

© 1994 RMN / Hervé Lewandowski

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
クラシック時代のギリシア美術(前5-前4世紀)

執筆:
Sophie Padel-Imbaud

紀元前5世紀の第1四半世紀は、杯の装飾を専門とするブリュゴスの画家などの、主要な芸術家たちが集中する時代である。ブリュゴスの画家は、この作品で、トロイアの最後の晩に関連した図像プログラムならびに、その空間構成の複雑さと人物像の表現の豊かさにより、抑々しい作品を提示している。

トロイア戦争

この杯の装飾は、全てトロイア戦争に関するものである。内側のメダイヨンは、ギリシア人の中で最も勇敢なアキレウスを連想させる。というのもそこには、彼の捕虜であるブリセイスが、アキレウスの師であるポエニックスに献酒をしている。そしてその背後には、壁にかかっている彼の武器が見える。杯の外側の装飾は、イリウペルシスという用語が意味する、トロイアの最後の晩の情景を描いている。そして陶工のサインなどの、多くの記載文字は、これらの中心人物の名を表している。

イリウペルシスの情景

A面にはギリシア軍のオルシメスが、傷だらけで横たわっているトロイア人に止めを刺している。その左側は、プリアモスの娘のうちの一人カッサンドラと思われる、乱れた髪の女がいる。そして右側には、杵で武装したアンドロマケが、彼女とへクトルの息子、アステュアナクスを必死に守ろうとしている。その反対側はこの夜の最も重要な場面を表している。それはアキレウスの息子、ネオプトレモスによるプリアモス王の惨殺である。ネオプトレモスは、アステュアナクスの死体を棍棒のように使用しながら、今にもこの王に激しい一打を与えようとしている。この若い後継者と年老いた君主の、ほとんど同時の死は、トロイアの決定的な崩壊を象徴している。その左側は、アキレウスの墓にいけにえとして捧げられる、もう一人のプリアモスの娘ポリュクセネを連れてゆくアカマスがいる。

ブリュゴスの画家

その描線の力強さにより名高いブリュゴスの画家の名は、彼が手がけた大多数の陶器にサインをした陶工に由来する。彼はドゥーリスと共に、紀元前5世紀第1四半期に活躍した、杯の装飾画家の最も優れた代表作家である。彼はこの作品の中で、人物像の力強い姿勢と奥行きの重なりにより、荒々しさと恐怖の雰囲気を完璧に再現している。それはまた、薄めた絵の具を多く使用したことにも特徴付けられる。その色合いは、体毛、髪、傷など、引き立たせたいものにより、茶色から赤色そして黄色にまで達する。同様にこの画家は、人物の異なった年齢を表現することを好んだ。アステュアナクスにはその子供らしさを、そしてポエニックスとプリアモスの老いは、顎鬚と髪の白色の加筆により表現されている。

出典

DENOYELLE Martine, Chefs-d’œuvre de la céramique grecque, Editions de la Réunion des musées nationaux, 1994, p. 122, n° 56.

Feuillet pédagogique, "La guerre de Troie", n° 325.

作品データ

  • ブリュゴスの画家に帰属

    アッティカ赤像式杯、通称「イリウペルシスの杯」

    紀元前490年頃

    ヴルチ(イタリア)

    アテネ

  • 陶土、赤像式(赤色と白色の加筆)

    高さ13.5cm、直径3.20cm、幅42cm

  • 1881年購入

    G 152

  • 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術

    シュリー翼
    2階
    ギャラリー・カンパーナIV 赤像式ギリシャ陶器 アテネ 紀元前5世紀
    展示室43

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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作品の補足情報

握手に陶工のサイン「ブリュゴス・エポイセン」、内側のメダイヨンの人物名「ポエニックス」、外側の人物名「ブリセイス」