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作品 アメンエムハトアンクの彫像

古代エジプト美術部門 : 先王朝時代末期から中王国時代末期(前3800-前1710年頃)

アメンエムハトアンクの彫像

© Musée du Louvre/C. Décamps

古代エジプト美術
先王朝時代末期から中王国時代末期(前3800-前1710年頃)

執筆:
Elisabeth Delange

アメンエムハトアンクは衣装の上に両手を平らに置き、敬意を表するポーズをとって立っている。控えめな筋肉が見える身体、大きな目とへの字に結んだ口を持つ若々しい顔など、丹念に彫り上げられている彫像である。背面支持柱の両側面と腰衣の前に配置された銘文には、この優れた人物が生きた時代の王、アメンエムハト3世の名前が刻まれている。

中王国時代の調和の取れた作品

伝統的な歩行の姿で表されているアメンエムハトアンクの彫像は、中王国時代の芸術の模範的な作例と言える。長い腰衣は、巻きスカートのように体に巻きつけられ、ウエストで結ばれている。脇の布の角ばった折れ目から、硬い布であることが見て取れる。控えめに表されたたくましい筋肉、すべすべした左右対称の顔など、全てが丹念に彫り上げられている。若さがみなぎる顔つきは、瞼が強調された大きな目、への字に結んだ口を特徴とし、頭には規則正しい房からなる「袋状」の鬘を被っている。全てが計算し尽され、完璧に調和したプロポーションで彫り上げられており、空想的な独創性は一切見られない。

王国の高官

これは王の側近であった優秀な人物の肖像である。衣装の側面と背面支持柱の両側面には、アメンエムハトアンクを、「王から高く評価された神官の長、大広場の書記」「プタハ・ソカル神殿の書記」と称する銘文が縦書きに記されている。全ファラオ時代を通じてそうであったように、彼もまた神官であると同時に高官でもあった。アメンエムハト王の名が、3回も繰り返して記されていることから、アメンエムハト3世の治世下でこれらの役職を担っていたことが分かる。アメンエムハトアンクが「アメンエムハト王」のあだ名で呼ばれていたことや、ファイユームのクロコディロポリスの新居で暮らしていたことから、王の側近であったことが分かっている。王から特別に厚い恩寵を受けていたおかげで、高貴な材質の石にこの彫像を彫らせ、新居内の神殿に納めることが許されたと考えられる。

崇拝の仕草

人物の仕草は、様々な意味合いを持っている。腰衣にぴったり付けられた腕は体と一つの塊をなし、彫像に耐久性と頑丈さをもたらしている。しかし、このような姿勢が登場するのは中王国時代になってからのことである。左右対称に伸びた両腕、平らにそろえられた両手は、服従と祈りを表し、王と神に敬意を表する姿勢である。

出典

- DELANGE E., Les Statues égyptiennes du Moyen Empire, Paris, 1987, p. 69.

- Ägypten 200 v. Chr., catalogue de l'exposition, Berlin, 2000, notice n 45, p. 113, 117, 182.

- Il Seuro dell'Arte nell'Antico Egitto, catalogue de l'exposition, Bologne, 1990, p. 71, notice n 22.

作品データ

  • アメンエムハトアンクの彫像

    中王国時代、第12王朝、アメンエムハト3世治世下(前1843-前1798年)

    ファイユーム出土

  • 彫刻(丸彫り)、ケイ酸質の砂岩

    高さ(修復された台座込み) 72cm幅18cm、奥行き30.30cm

  • 1904年、購入

    E 11053

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    2階
    中王国時代 紀元前2033‐紀元前1710年頃
    展示室23

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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