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エフィア城の寝台

© 1988 RMN / Pierre et MauriceChuzeville

工芸品
17世紀

執筆:
Barbier Muriel

この天蓋付き寝台は肘掛け椅子6点とともにピュイ=ド=ドーム県、エーグペルス市近郊のエフィア城にあった家具である。ルイ13世の寵臣サンク=マルス侯爵の父親で国家元帥だったエフィア侯爵アントワーヌ・コエフィエ・ド・リューゼ(1581−1632年)によって17世紀の初頭に建てられたこの城館は、1856年に競売にかけられる時までその家具をすべて保存していた。寝台はもとの装飾を保っており、17世紀の寝室内装の数少ない現存例のひとつである。

フランス式寝台

エフィア城の寝台は角柱4本が天蓋を支えるもので、天蓋の四隅は「林檎」と呼ばれる布と飾り紐でできた壺形装飾で飾られている。周りのカーテンを閉じると、ジェノヴァのビロードで完全に被われた立方体のようにみえる。アブラハム・ボスの版画や絵画によくみられるフランス式寝台は17世紀に一般化する。柱はルーヴル美術館の寝台のようにただの角柱もあれば、旋盤で丸く削ったものもある。天蓋は羽飾りか「林檎」で飾られる。これに近いものとしては、現在アンボワーズ城に保存されている寝台がある。こうした寝台の豪華さは布を使った装飾にある。

17世紀における寝台の重要性

17世紀、寝台は非常に高価なもので財産目録に詳細に描写されている。ルイ13世は紫のダマスク織に金糸で幅広の刺繍が入ったものを所有していた。リシュリューは白のサテン地に金糸の刺繍が入ったもの、マザランはというと寝台を数台持っていた。王侯貴族が居住地を変える時、寝台は分解し革のトランクにしまつて運んだ。たいてい壮大なものだったので寝室の角に置かれた。寝台と壁との間の空間を「小径」と呼び、そこで私的な集まりが開かれた。というのは寝台に横になって人を迎えるのが習慣だったからである。

布製品を使った装飾が占める重要な位置

寝台用の布製品は、一般に広い意味で「寝室」もしくは「室内装飾」と呼ばれるまとまりの一部である。こうした内装一式のために、室内装飾業者は寝台の装飾のみならず普通お揃いで椅子(ルーヴル美術館はエフィア城の寝台とお揃いで6脚の肘掛け椅子を所蔵している)、屏風、暖炉の衝立を納入していた。布製品を使った装飾は所有者の気分や季節次第でごく簡単に変えられた。深紅のビロードで飾られたエフィア城の寝台のように色彩は非常に鮮やかなことが多く、すべてが飾り紐、レース、刺繍で装飾されていた。ルーヴル美術館の寝台は制作当時の装飾を今もなお留めている。ジェノヴァの絹のビロード製で、毛先を切ってパイナップルのモチーフを浮き出させた部分と銀糸刺繍のアップリケとが交互になっている。この装飾は17世紀の内装に選ばれた布の贅沢さを伝えてくれる。当時、 木材はほとんど表に出なかったため、指物師の役割は二次的であった。逆に装飾業者の役割は非常に重要だった。彼らは寝台の柱を旋盤加工させ、織物や飾り紐を選んで自ら飾りを制作し、自分の店で販売したのである。

出典

PALLOT B., Le Mobilier du musée du Louvre, RMN, 1993, t. 2, p. 26-27.

作品データ

  • エフィア城の寝台

    17世紀中頃

    フランス、ピュイ=ド=ドーム県、エフィア城

    フランス

  • 胡桃材白木、毛先を切って模様を浮き出させたジェノヴァ製絹のビロード、絹刺繍アップリケ

    高さ2.95m、 幅1.92m、奥行き1.65m

  • 1856年、エフィア城の家具売却時に取得、国立中世美術館(クリュニー美術館)より寄託

    CL 2550, CL 2551, CL 2552, CL 2553, CL 2554, CL 2555, CL 2556

  • 工芸品

    リシュリュー翼
    2階
    エフィア城
    展示室32

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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