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作品 カエムウアセトのデスマスク

古代エジプト美術部門 : 新王国時代(前1550-前1069年頃)

カエムウアセトのデスマスク

© Musée du Louvre/C. Larrieu

古代エジプト美術
新王国時代(前1550-前1069年頃)

執筆:
Élisabeth David, Christophe Barbotin

エジプトの埋葬用黄金マスクが全て、トゥトアンクアメン(ツタンカーメン)のマスクのような豪華さを持っているわけではない。ラメセス2世の息子であるカエムウアセトのマスクはその悲惨な例といえよう。不規則な輪郭で厚さわずか0.1ミリの金板に、美しいとはいえない太った顔が粗く形成され、耳は前方に折り返され、目と口はくっきりと描かれている。

ラメセス2世の息子、プタハ神に仕える最高司祭

カエムウアセトは、ラムセス2世の最も有名な息子の一人である。太った丸顔のマスクは、カエムウアセトが、父ラメセス2世治世下55年目(前1225年)に亡くなった約50歳の時の顔を表し、かなり忠実な肖像であると思われる。彼は、メンフィスの守護神プタハに仕える最高司祭を務めていた人物で、最高司祭として描かれている浅浮彫もルーヴル美術館に収蔵されている。サッカラの大ネクロポリス西に位置しセラペウムという名で知られる、神の聖なる牡牛たちの地下墓地複合体を管理し、牡牛アピス神墓地近辺に自らの地下墓室を作らせ、そこに埋葬されている。

最古の考古学者

また、この人物は最古の考古学者の一人とみなされている。建設後約1000年経った古王国時代のピラミッドを修復させ、先代の聖牛のネクロポリスを探しだすために発掘調査も行っている。ラメセス2世治世下30年目頃に、クレオパトラの時代まで使用されることになるアピス神の新共同地下墓地を造営し、従来のように牡牛アピス神を個別に埋葬する習慣を廃止させた。その後、紀元前3世紀から紀元前2世紀の物語に、安泰に暮らした呪術師として登場している。

このミイラの小説

このマスクの発掘に関する詳細な情報を提供する報告書も写真も残在しないため、どのような状況でこのマスクが発見されたのかは不明である。今日までうわさされる伝説に反し、オーギュスト・マリエットはカエムウアセトの墓をダイナマイトで爆破してはいない。彼は1852年、この地下の調査に当たっていた時に天井が崩れ落ちた箇所に出くわし、翌年の春に崩れ落ちたブロックを銃に詰める火薬で細心の注意を払って崩すことにした。彼が使える手段やその時代背景を考慮に入れれば、良いとは言い難いが否定できなかった方法である。マリエットは、「我々は100発以上の爆竹を使わなければならなかった」と書き残している。この作業で破砕された物の中から、彼の発掘以前からすでに天井が崩れ落ちたため壊れていたものと、彼の作業で破壊されたものを区別することは不可能である。しかしながらマリエットは、棺を1台、マスクを付けた人間のミイラを1体、カエムウアセトの名を刻んだいくつかの宝飾品とオシリス・アピス神の名で彫られた埋葬用小像を発見したと明確に書き残している。

出典

Ch. Barbotin et E. David, L'Abécédaire de Ramsès II, Paris, 2001, p. 94-95.

作品データ

  • カエムウアセトのデスマスク

    新王国時代、第19王朝、ラメセス2世治世下、前1279-前1213年

    サッカラ、セラペウム出土

  • 縦28cm、横28cm、厚み0.01cm

  • 1853年に発掘に対する分配分としてエジプト政府から寄贈

    N 2291

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    2階
    新王国時代:ラメセスの時代 紀元前1295‐紀元前1069年頃 王子と廷臣
    展示室28

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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