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作品 カエムウアセト王子の浅浮彫

古代エジプト美術部門 : 新王国時代(前1550-前1069年頃)

カエムウアセト王子の浅浮彫

© 1988 RMN / Béatrice Hatala

古代エジプト美術
新王国時代(前1550-前1069年頃)

執筆:
Christophe Barbotin

この浅浮彫は、プタハ神に仕える最高司祭を表している。横に三つ編みが1本ついた髪型と、脚を上げた犬がついた首飾りは、その職務を表す特有の記章 である。ここに刻まれた銘文から、ラメセス2世の四男、カエムウアセト王子と特定できる。カエムウアセト王子は、古代の記念建造物の修復を手掛け、死後1000年以上もの間、賢者、呪術師として名を残した人物であった。メンフィスのセラペウムで発見された彼の名が刻まれた宝物が、同じ陳列ケースに展示されている。

プタハ神に仕える最高司祭

この浅浮彫は、ステラではなく壁画の一部で、そこに沈み浮彫で彫られている。カエムウアセトは、巻き毛の短い鬘をかぶっており、鬘の右側に垂れる太い三つ編みがついており、その先端は渦を巻いている。細い肩紐が付いた貫頭衣を着用し、上げている右腕のすぐ下にその上部の端が見えている。また、肩には、脚を上げて崇拝のポーズをとっている犬が付いた首飾りが見える。ここに描かれた三つ編みと首飾りは、プタハ神に仕える最高司祭の職務を示す特有の記章である。従ってこの浮彫が、かつては首都であったプタハを守護神としたメンフィス地方を起源としていることが容易に分る。エジプト語の文献には、プタハ神はたいそう「美男子」であったと伝えられている。

ラメセス2世の最も有名な息子

この司祭の背後に見える、断片的に残っている銘文には、ヒエログリフで「・・・カエムウアセトは・・・するためにこれを作った・・・」と刻まれている。カエムウアセトの名が明記されていることと、最高司祭の図像が描かれていることから、ラメセス2世の四男カエムウアセト王子だと容易に分る。彼は、ラメセス2世の後継者のうち、他の王子たちより遥かに有名で(少なくともそう言える)、プタハに仕える最高司祭やメンフィスの総督など重要なポストを兼ねていた。父のラメセス2世が並外れて長命だったので君臨できなかったが、父の後を継いで王座に付く予定になっていた。古代の記念建造物の修復工事を数多く手掛け、記念碑の銘文に示されているように、極めて学識豊かな人物で有名であった。彼の活躍が、ラメセス2世あるいはその参事官から課された政策の一環として行われたのか、それとも王子が個人的に行ったのか客観的に判断しかねるが、いずれにせよ王子はこのような活動によって名声を博し、おそらく生前からすでに有名だったのではないかと推測されている。彼の評判は、時と伴に徐々に美化されて語り継がれ、呪術師であり学識豊かな賢人と見なされる様になった。カエムウアセトを美化して描いた幾つかの物語が、王子の死後1000年以上経ったグレコ・ローマン時代に創作されている。

出所不明の記念物

腕を上げている王子の図像は、王子が儀式を挙行していることを示しており、供物を奉献しているところか、神に聖水を注いでいるところである。この浮彫を発見したオーギュスト・マリネットは,出土場所を書き留めていなかった。そのため、それがメンフィスであったのか、あるいは王子が記念建造物の修復工事を精力的に行った証拠を残している大墓地、サッカラであったのか特定されていない。しかしながらこの銘文が、修復された記念建造物の定型文と類似していることだけは確かである。

作品データ

  • カエムウアセト王子の浅浮彫

    第19王朝、ラメセス2世治世下

    メンフィス地方出土

  • 沈み浮彫、石灰岩

    高さ49cm、幅49cm、厚み6.6cm

  • マリエットの発掘

    プタハ神の最高司祭の衣装をまとったカエムウアセト王子

    N 518

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    2階
    新王国時代:ラメセスの時代 紀元前1295‐紀元前1069年頃 王子と廷臣
    展示室28

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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