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作品 スフィンクスの参道

古代エジプト美術部門 : 宗教と葬祭信仰

スフィンクスの参道

© 1997 Musée du Louvre / Christian Larrieu

古代エジプト美術
宗教と葬祭信仰

執筆:
Elisabeth David

この作例とよく似たスフィンクスが、かつてはサッカラのセラピス神の神殿(セラペウム)の参道に沿って、数百体並べられていた。古代エジプト末期の巡礼の主要地としてきわめて有名であったこの神殿は、今日では廃墟と化し、地下部分だけが残されている。そこには、ラメセス2世の治世下から作られるようになった、聖なる雄牛アピスの墓がある。マリエットが行なった参道の発掘から、スフィンクスが次々に発見され、神殿のあった場所も判明した。

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1850年、エジプトに到着したばかりのマリエットは、様々な場所(骨董商や個人コレクションなど)で、明らかに同じ記念建造物から出土したと思われる一連のスフィンクスに目を留めた。マリエットはその時の様子を次のように語っている。「サッカラを訪れた時、直感したのです。砂漠のような台地で、以前にも見たことがある、人の頭をもつライオンにまた出くわしました。その時、ストラボンが砂に埋もれやすいと書いた、セラペウムと呼ばれるセラピス神の神殿付近の描写を思い出したのです。そこで、その参道を掘り返したところ、記念建造物の入り口まで続く参道に沿って、約6mおきに埋まっていたスフィンクスが、次々に出てきたのです。」これがこの発掘者の実り多い経歴のはじまりであった。

ファラオ時代後期、あるいはプトレマイオス王朝時代初頭のもの

このようなスフィンクスが並んだ行列用参道は、新王国時代から存在するが、セラペウムのスフィンクスには、年代を示す奉献の献辞などがないため、正確な年代は分かっていない。ギリシア語の落書きの跡が多く残っているが、これは様々な時代の巡礼者によって書かれた恐れもある。ルクソール神殿の前にある大参道のスフィンクスは、カルトゥーシュ(王の名を刻んだ楕円形の枠)によって年代が確定されているため、このスフィンクスとの類比に基づいて、一般的には第30王朝のネクタネボ1世時代のものとされている。しかしながら、この年代も最近になって疑問視されるようになり、それから70年から80年遅いプトレマイオス1世、あるいはプトレマイオス2世の治世下のものではないかと推測されるようになった。一部の研究者は、王の顔の形状、眉毛や目の描き方、また無銘であることなどから、この説を支持している。それに加え、プトレマイオス1世がアレクサンドリアで興したセラピス崇拝は、きわめて古くからあったアピス神崇拝と習合され、彼の後継者であるプトレマイオス2世治世下で大規模な工事が行われることになった、とも主張している。
セラピス神の神殿の拡張工事を行なったギリシア系王朝の最初の二人の王が、神殿に続く参道を造営した可能性は大いにある。

作品データ

  • スフィンクスの参道

    末期王朝時代、第30王朝、ネクタネボ1世の治世下(前378-前361年)またはプトレマイオス朝時代初頭(前305-前246年)

    サッカラ、セラペウ

  • 彫刻(丸彫り)、石灰岩

    台座の長さ(最大)1.30m、台座の幅(最大)0.43m、高さ(最大)0.74m

  • 1852年に発掘の分配分としてエジプト政府から寄贈

    N 391

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    1階
    神殿前庭 スフィンクスの小道
    展示室11

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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