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作品 セティ1世を迎えるハトホル女神

古代エジプト美術部門 : 新王国時代(前1550-前1069年頃)

セティ1世を迎えるハトホル女神

© 2010 Musée du Louvre / Christian Décamps

古代エジプト美術
新王国時代(前1550-前1069年頃)

執筆:
Lili Aït-Kaci

この浅浮彫は、王家の谷の中で最大の規模を誇る、セティ1世の墓から出土したものである。ハトホル女神は、そこでセティ1世を迎え、王を守る仕草で、首飾りを差し出し王の手を取っている。新王国時代の首都テーベにあった墓所地区では、ハトホル女神は死者を迎え入れ、冥界に同行する重要な役割を担っていた。この場面は、エジプト素描が持つ伝統的宗教美術の厳格さとアマルナ美術から継承した柔和さを合わせ持っている。

西方の国の女王

鮮やかな多彩色で引き立てられたこの浅浮彫は、セティ1世の墓の装飾の一部であった。この墓は、テーベ西側の山を掘って造られたもので、王家の谷と呼ばれている。西方の国(冥界)の女王であるハトホル女神は、守護の象徴であるメナト首飾りをセティ1世に差し出し、王の手を取って冥界に迎え入れている。2人は向い合って、厳密な左右対称で描かれているが、2人の姿勢の違いが微妙な差異を添えている。ハトホル女神が直立不動の姿勢をとっているのに対し、王はわずかにハトホル女神の方に上体を傾け、脚は歩行のポーズをとって動いているように見える。この絵の上部には、二人の名前がヒエログリフで刻まれている。また、女神の鬘についている雌牛の角(ハトホル女神の聖なる動物)、太陽円盤(ラー神の娘である印)、そして王の前髪についている鎌首をもたげるコブラ、ウラエウス(王の記章)などの持物(特定の象徴物)から二人の称号と役職を確認することができる。

アマルナ様式の影響

この場面は、厳格な伝統的素描の規範に従って描かれているが、この時代より50年程前に栄えた、アマルナ様式の影響が色濃く見られる。その影響は、繊細に描かれた手、王の鬘から柔らかい線を描いて垂れ下がるリボン、サンダルを履いた王の足の側面の写実的描写などに特に顕著である。ハトホル女神の洗練された髪型と流動性のある貫頭衣、王の透明感のある軽快な衣装など、二人が身に付けている装身具は、この時代の洗練された優雅な芸術を反映している。また、宝飾品の色から、それらが金、銀、ラピスラズリ、トルコ石、カーネリアンなどの、高価な素材でできたものであることが見てとれる。

シャンポリオン

この浅浮彫りは、エジプトに派遣されたシャンポリオンがイタリア人ロッセリーニと共に、セティ1世の墓からかなり傷んだ状態で採取し、ルーヴル美術館に持ち帰ったものである。残念ながら、シャンポリオンは1832年に若くして亡くなり、シャルル10世美術館のエジプト部門で修復、補強された後に展示されたこの浮彫を見ることはなかった。

出典

- ZIEGLER, BOVOT, L'Egypte ancienne, Paris, 2001, P. 226.

- ANDREU, RUTSCHOWSKAYA, ZIEGLER, L'Egypte ancienne au Louvre, Paris, 1997, notice n° 62.

- BARBOTIN, Le Monde de la Bible, 1992, n° 78.

- BARBOTIN, Nouvel Empire, le temps des Ramsès vers 1295-1069 av. J.-C., Fiche-Visite-Louvre, salle 27.

作品データ

  • セティ1世を迎えるハトホル女神

    新王国時代、第19王朝、セティ1世治世下(前1290-前1179年)

    テーベ、王家の谷、セティ1世の墓出土

  • 彫刻(浅浮彫)、彩色、石灰岩

    高さ2.26m、幅1.05m

  • 1829年に購入

    B 7

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    2階
    新王国時代:ラメセスの時代 紀元前1295‐紀元前1069年頃 ファラオ王朝
    展示室27

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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