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作品 デンデラの黄道帯

古代エジプト美術部門 : 宗教と葬祭信仰

デンデラの黄道帯

© 2008 Musée du Louvre / Christian Décamps

古代エジプト美術
宗教と葬祭信仰

執筆:
Etienne Marc

この黄道帯はきわめて有名な記念の遺物である。この黄道帯を見て、星占い信仰を示したものと考える人は、困惑を覚えるだろう。というのもこの浅浮彫りの図像は、デンデラのハトホル神殿内にある、オシリス神の蘇生の密議を祝う祠堂の天井にあったもので、実のところ夜の天体図を表しているのである。

天体図で装飾された天井

この砂岩でできた板石は、デンデラのハトホル女神とイシス女神を祀った神殿から出土し、オシリス神の蘇生を祝う儀式を行うために造営された祠堂の天井にあった。この祠堂はハトホル大神殿の屋上に建てられていた。
女性4人が、ハヤブサの頭をした神霊たちに助けられて円盤状の大空を支え、周囲に表されている36の神霊デカン(10分角)は、エジプトの一年つまり360日を象徴している。円内には黄道十二宮の星座が描かれ、牡羊座、牡牛座、蠍座、山羊座など今日のものと同じ形で表されているので容易に見分けられる。その他の星座はエジプト風の図像で描かれ、例えば水瓶座は、水が流れ出る瓶を二体持った氾濫の神ハピとして表されている。中央には北天の星座が描かれ、牡牛の前脚は大熊座、小熊座と大熊座の正面に位置するカバの女神は龍座を表している。

年代を特定できる天文学的配置

当時よく知られていた5惑星は星座と結びつけられ、水瓶座の後ろの金星は「朝の神」、蟹座の近くの木星は「秘儀を解くホルス神」、山羊座の背に乗った火星は「赤いホルス神」、水星は「安定」、土星は「牡牛のホルス神」と呼ばれた。惑星と星座がこのように配置された天空は、約千年に一度しか見られない。ある天体物理学者によると、正確には紀元前50年6月15日から8月15日にわたって観察された空であったという。また、2回の蝕の正確な位置がこの天体図の上に記されている。紀元前51年3月7日の日蝕は、イシス女神がヒヒの尾を引いている姿で表されている。すなわち、トト神(ヒヒ)で象徴された月が太陽を隠すのを止めているイシスの姿である。紀元前52年9月25日の月蝕は、ウジャトの眼(「完全なもの」を意味する)で表されている。月蝕は常に満月に起こるからだ。

黄道帯はエジプト風イラストか

エジプトの総督ムハンマド・アリーの許可を得て、1821年にフランスにもたらされたデンデラの黄道帯は、フランスで所蔵されている最も有名なエジプトのモニュメントの一つとされている。この浅浮彫は、巨大な星占い図でも、不滅の星占いの道具でもなく、天体図として解釈されなければならない。とはいえ、当時のエジプト人は特定の星座やデカンが、運命や健康に災を及ぼす可能性があると信じていたようだ。
エジプトでは、現在も使用されているような黄道十二宮はグレコ=ローマン時代以降に現れた。
この作品は、エジプトの文化的要素が、バビロニアやギリシアの天文学や占星術理論とどのように融合していったかを物語っている。つまりエジプト人が、紀元前8世紀にはアッシリア人に、紀元前6世紀にはバビロニア人に捕虜として連行されたり、紀元前6世紀と紀元前4世紀にはペルシアやギリシアの侵略を受けたりした結果の融合なのである。

出典

S. Cauville, le Zodiaque d'Osiris, Louvain, 1997
S. Cauville, Dendara. Les Chapelles osiriennes, Le Caire, 1997

作品データ

  • デンデラの黄道帯

    プトレマイオス朝時代、クレオパトラ7世治世下、紀元前50年

    デンデラのハトホル神殿出土

  • 浅浮彫、砂岩

    縦2.53m、横2.55m

  • 1907年1月にフランス国立図書館メダル室から譲渡

    D 38

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    1階
    礼拝堂:先祖の部屋 デンデラのゾディアック
    展示室12bis

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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