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作品 トラヤヌス帝(紀元98年から117年統治)

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門 : ローマ美術

トラヤヌス帝(紀元98年から117年統治)

© 2011 Musée du Louvre / Thierry Ollivier

古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
ローマ美術

執筆:
Lepetoukha C.

トラヤヌス帝はこの作品の中で、動乱期に終止符を打った直後の、彼の皇帝就任初期に制作された模範品に沿って、胸像の形で表されている。このような時代背景はアウグストゥス帝の肖像に参照を得た訳を説明する。均整と節度の古典主義の流儀に従い構成された皇帝の沈重な顔つきはローマ帝国に新しい繁栄と安定の時代を確立しようとする彼の願いと呼応する。

トラヤヌス帝(紀元前98年から117年統治)

古代ローマ肖像芸術のなかでで新しい手法にあたる、胸の下で切り取られたこの胸像は英雄的裸体のトラヤヌス帝を表現している。髪形は柔らかく短い髪束が膨らんだ前髪として寄せられ、その前髪は中央で二手に分けられた形となっている。左に傾けられた顔は厳粛な様子でその目線は固定し口は固く結ばれている。目尻にできたいくつかの皺と首の皺はこの理想化された肖像の中に描かれた、彼が過ごした年月を物語っている。

オプティムス・プリンケプス(最高の君主)

トラヤヌス帝はローマ軍隊の士官出身でネルウァ帝の後継者とし彼に選ばれた。この養子縁組の施行は、皇帝継承をする家系の中に発生した後継者問題と、それに伴う紀元1世紀の後半にローマ帝国の基盤を揺るがす脅威に終止符を打った。この混乱した時代背景にトラヤヌス帝の姿は安堵と安定の保証を与えることを目的とし、そのためにアウグストゥス帝の図像の明白な象徴の表現手法の中から直接引用した。というのもいくつかの髪形や顔の簡素で率直な肉付き具合などの類似性が見受けられる。その結果この肖像は美徳と君主の人格を表すと同時に政治的観念形態の表現を目的としている。傲慢で常識はずれな前皇帝とは違い、冷静な中にも決意の固さが見られる彼の表情は自制心を表している。トラヤヌス帝はここでもすでに113年に与えられた称号、オプティウム・プリンケプス(最高の君主)の姿をしている。ローマに仕える義務感の強い男であり、厳格で模範的な士官である。

古典主義への回帰

この肖像は、髪形から判断されるように、トラヤヌス帝の統治初期とされるローマ皇室の工房にて制作された模範品を元に作られた一連の作品の中の一つである。明確に彫り込まれた三角の髪束で構成される髪形の加工技術はこの元の模範品がブロンズ製であったことを物語っている。このとても質の高い胸像は皇室工房で制作された、この模範品となる作品の制作年代に近い作品であると考えられる。アウグストゥス帝の肖像の象徴的参照はアウグストゥス古典主義を連想させる理想化された仕上げにより完成させられている。この胸像の制作主旨となる簡素化の手法は、簡潔に加工された滑らかな肌の光沢を際立たせ、体毛が存在しないただの素材の突出により表現された眉は、この作品にそのゆったりとした印象を与えそして同時に厳格さを刻み込む。しかしながら、目尻や首の皺などのいくつかの自然主義の参照はむしろフラウィウス朝の美術に値する。これらのことからこの肖像はアウグストゥス古典主義の象徴的伝承を垣間見させる自然主義表現の真の集大成であるといえる。

出典

- KERSAUSON K. (de), Catalogue des portraits romains, II, Paris 1996, n 25, p. 70.

作品データ

  • トラヤヌス帝(紀元98年から117年統治)

    紀元100年頃

    ルッチ産大理石、丸彫

  • 旧アルバニ・コレクション、1797年ナポレオン接収品(トレンティーの条約)1815年交換

    高さ56cm

  • ローマ(イタリア)?

    (n° usuel Ma 1250)

  • 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術

    ドゥノン翼
    1階
    ローマ美術:属州総督の反乱(紀元68年)から2世紀末まで
    展示室25

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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