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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>パリスの審判のモザイク
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パリスの審判のモザイク
© 2006 Musée du Louvre et AFA / Daniel Lebée et Carine Deambrosis
古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術
ローマ美術
このモザイクは2世紀にアンティオキアにあった、古代ローマの豪華な邸宅の食堂を装飾していたものである。ブドウの蔓の唐草模様と鳥がひしめく木蔦は、パリスの審判の場面を引き立てる役割を担っている。ヘルメスは若い王子に、美人コンテストを取り仕切ることを命じた。それにはアテナ、ヘラ、アフロディーテが参加し、最終的にはアフロディーテが勝利する。色彩の鮮やさかさとテッセラ(大理石片)の細かさから、作者が、この作品の手本となったギリシアのヘレニズム絵画に競争心を持っていたことがうかがえる。
食卓の石敷
このモザイクは、1932年にアンティオキアのアトリウムの家にて発見された。この都市はシリア王国の古都で現在のトルコのアンタキヤにあたり、そこからはモザイクで装飾された、一群の特筆すべき豪華な古代ローマのヴィラが発見された。このパネルは、115年にアンティオキアを襲った地震の直後に改修された、食堂の石敷に組み込まれていた。トリクリ二ウムは会食者が、部屋の周りにコの字に設置された宴会用臥台の上に、体を半分寝かせた状態で食事する応接間である。装飾の構成は部屋の形状と来客者の配置に呼応している。部屋の中央と入り口は複数の絵図のパネルで装飾されているのに対して、臥台の位置した場所は幾何学的模様のより地味な装飾が施されている。この他のパネルは現在、様々な美術館に分配されている。それらは、サテュロス、メナド、そしてディオニュソスとヘラクレスの飲み比べ競争、そしてアドニスの横のアフロディーテを描いている。
パリスの審判
ルーヴル美術館のモザイクは石敷の中央に配置されていた。縁の模様は、アッタロス王の宮殿のために2世紀に小アジアのペルガモンで制作されたモザイクから着想を得ている。上下二つの頭よりそれぞれ左右に分かれたブドウの蔓、および鳥と昆虫がひしめく木蔓は、トロイヤ王プリアモスの息子のパリスの審判の伝説を引き立てる役割を担っている。神々の使者ヘルメスは、イダ山の切り立った山村で羊飼いをしていたこの若い王子に、三人の女神の中で一番美しいものを選出する役割を依頼した。英知の女神アテナは、神盾、冑、槍を身に付け、ゼウスの妻であるヘラは中央に堂々と腰を下ろし、そして自分の勝利を確信しているアフロディーテは岩に無造作にもたれかかっている。この場面はエロスとプシュケの見守る中繰り広げられる。パリスは結局、その輝かしい美しさのためアフロディーテに黄金のりんごを与え、彼女を褒賞した。
ヘレニズム絵画より着想を得た石の絵
その色彩の豊かさやテッセラの細かさより、この作品の作者が、手本となったヘレニズム絵画に匹敵する作品を創ろうとした意志がうかがえる。。というのもこのパネルの構図はポンペイの複製品で知られるギリシア絵画より連想されている。極小の石とガラス片を使うオプス・ヴェルミクラトゥムと呼ばれる技法によると、色のグラデーションや光と影の効果などの絵画的効果に近づけることができる。ギリシア美術の伝統を身につけたヘレニズム化したオリエントのモザイク師たちは、まるで絵画のような、まさに「石の絵」を構成する習慣を保ち続けていた。パリスの審判は、古代美術のレパートリーで特に好まれた主題である。しかしながらモザイクで表現されるのは非常に稀であり、この作品以外ではアルジェリアのシェルシェルとルーマニアに保管されている二例のみが残っている。
出典
- Antioch, The Lost Ancient City, exposition du Worcester Art Museum (Massachusetts), Princeton, 2000, p. 62, pp. 172-174, n 58.- DUNBABIN K. M. D., Mosaics of the Greek and Roman World, Cambridge University Press, 1999, pp. 160-166.
- POTVIN M., BARATTE Fr., L'image fragmentée : la mosaïque depuis l'Antiquité romaine, Paris, Musée du Louvre, 1994, p. 16, n 2.
- BARATTE Fr., Catalogue des mosaïques romaines et paléochrétiennes du musée du Louvre, Paris, Editions de la Réunion des musées nationaux, 2000, p.87-92, n 43, fig. 83-85.
- LEVI D., Antioch Mosaic Pavements, Londres, Princeton Univercity Press, 1947, pp. 16-21.
- MOREY C. R., The Mosaics of Antioch, Londres, Stephen Peterson Books, 1938, p. 28-29.
- LASSUS J., Fouilles à Antioche, Gazette des Beaux-Arts, VIe série, IX, 1933, pp. 268-271.
作品データ
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パリスの審判のモザイク
115-150年
1932年、現トルコ、オロンテス川沿いのアンティオキアの都市にあったアトリウムの家にて発見
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オプス・テセラトゥム(石敷モザイク技法)、オプス・ヴェルミクラトゥム(史跡型装飾技法)大理石、石灰岩、ガラス
縦1.86cm、横1.86cm
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フランス国立美術館連合による発掘1936年帰属
N° d'entrée MND 1945 (n° usuel Ma 3443)
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ドゥノン翼
1階
ローマ美術:属州総督の反乱(紀元68年)から2世紀末まで
展示室25
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
