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作品 ラメセス3世の石棺の桶

古代エジプト美術部門 : 新王国時代(前1550-前1069年頃)

ラメセス3世の石棺の桶

© Musée du Louvre/C. Décamps

古代エジプト美術
新王国時代(前1550-前1069年頃)

執筆:
Christophe Barbotin

赤色石灰岩で作られた、カルトゥーシュ(王名が記されている楕円形の枠)の形をしたこの石棺の桶の中には、ファラオ・ラメセス3世の内棺がいくつか重ねられて入っていた。棺の蓋の方は、今日ケンブリッジにあるフィッツウィリアム美術館に収蔵されている。外面の装飾は『隠された部屋』の第7章および第8章を、内面の装飾は『門の書』の第1章を表している。これらの文章の一部は、きわめてぞんざいに刻まれている。

描写

モノリス(一つの石塊から作られたもの)でカルトゥーシュの形をしたこの桶の装飾は、翼を広げた大きなイシス女神(死者が置かれた足側の平らな面)とネフティス女神(頭側の丸い面)を中心に構成されている。石棺の両側の長い面には『隠された部屋の書』(『アム・ドゥアトの書』)から抜粋された場面が彫られている。一連の装飾は、ネフティス女神の図像が描かれている辺り、つまり王の頭のところから始まり、安置された王から見て右側の面にアム・ドゥアトの7時間目が刻まれ、続いて8時間目が左側の面に刻まれている。石棺の基部の周囲には、古王国時代の石棺の名残である「王宮ファサード」装飾が施されている(アブ・ラワシュの石棺、展示室14参照)。桶の内面には『門の書』の1時間目に登場する神々が刻まれている。

太陽の夜間旅行

エジプト人は、太陽は夜になると船に乗って12時間の間地下(冥界)の領域を旅すると信じていた。夜間の太陽の姿は、牡羊の頭を持つ人間で表され、各「時間」すなわち周航の各行程は、異なる出来事で特徴付けられていた。例えば右側の面にある7時間目では、エジプトの古典作品に登場する「凶暴な風貌」のアポピス蛇が、毎晩太陽の進行を阻もうとして、太陽と対決する。鎮圧された蛇は、剣で何箇所も突かれた姿で表現されている。8時間目が描かれた左側の面には、下段において、代表的な葬祭供物の一つを表す布地を意味する表意文字の上に、冥界の生物が座っている様子が描かれている。太陽の夜間旅行の運命に関する文書(『太陽の連禱』、『アム・ドゥアトの書』、『門の書』、『夜の書』など)は 新王国時代に創作され、王墓に限って使用された。ファラオも、太陽と共に日々危険な夜間周航に出ると考えられていたので、王墓は永遠なる日々の再生の場と見なされた。新王国時代の後、神官や軍人の影響力が頂点に達すると、これらの文書(特に『冥界の書』)は彼らの墓にも使用されるようになった。(陳列ケース4のパピルス参照)

ぞんざいに作られた石棺

ラムセス3世の石棺には、アム・ドゥアトの書から二場面しか描かれていないということの他に、書記が刻んだ文章にひどい間違いが多く見られるという特徴が挙げられる。ネフティス女神右側に記された7時間目の序文では、文や単語が間違って区切られ意味をなさないため、他の墓に刻まれた正確な文面を参照しなければ解読できないほどである。写し間違いが多く、内容も点検されなかったようで、新王国時代末期には、王はもはや以前のように尊敬される存在ではなかったと推測される。

作品データ

  • ラメセス3世の石棺の桶

    第20王朝、ラメセス3世治世下、前1184-前1153年頃

    王家の谷、ラメセス3世の墓(11番)出土

  • 陰刻、彩色の跡あり赤色花崗岩

    高さ1.80m、幅1.50m、奥行き3.05m

  • 1826年に旧ソールト・コレクションから購入

    D 1

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    1階
    オシリスの祭室 王の墓
    展示室13

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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