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作品 上エジプトの総督、ウアフイブラーの彫像

古代エジプト美術部門 : 宗教と葬祭信仰

上エジプトの総督、ウアフイブラーの彫像

© 2008 Musée du Louvre / Georges Poncet

古代エジプト美術
宗教と葬祭信仰

執筆:
Chloé Ragazzoli

第26王朝(前664‐前525年)は芸術活動が盛んであったが、この時代に生きたサイス出身の高官、ウアフイブラーの彫像はそのよい作例である。滑らかで優雅な様式で表現されているこの彫像は、西デルタに位置する当時の首都、サイスの守護神であるネイトの神殿の中に祀られていた。

サイスの男性

前面に刻まれた銘文から、この人物の身元が分かる。すなわち、閣下、上エジプトの総督、供物の奉納担当官、女神ネイト神殿の管理主、ネイトから祝福を受けし者、などの称号が書かれている。彫像の背面には縦二列に、宗教上および行政上の称号と奉献の定型文が詳細に記されている。ウアフイブラーについては、 約10体の彫像のほか、いくつかの棺の断片が発見されていることで知られているが、この断片から彼が、彼の出生地でもある第26王朝の首都、サイスで埋葬されたことが分かっている。

量厚だが優美な彫像

丹念に研磨された黒っぽい閃緑岩の彫像は、脚を曲げ、膝を立てて地に座っている男性を表している。そして、両手を開いたまま平らに組んだ腕を膝の上に乗せている。人物は石材の塊と完全に融合し、頭部だけが突出しているが、滑らかな丸い髪型で包まれ、作品のコンパクトな一体性が保たれている。耳は極めて丹念に描かれ、髪がその後ろにかけられている。顔の線は正確で、鼻は破損しているものの、隆起した眉弓、強調された頬や笑窪がうっすらと見え、唇の周りの溝が口を引き立てている。これらの特徴が総体として人物に厳格な雰囲気を与えている。
身体はマントに包まれ、体型は隠されているものの、体の線がうかがわれる。肘、腕、手は表面すれすれに見て取れ、脚の曲線もなぞることが出来、まるで今にも体が現れるかのようだ。コンパクトな形にもかかわらず、堅さを全く感じさせず、それどころか優雅な柔らかな作品に仕上がっている。

神殿内に祭られた彫像

このような姿勢にはどのような意味があるのだろうか。死者が門衛の姿で神殿の扉に座っているのか、上官への服従を示しているのか、それとも太陽が通過する時に復活するとされていた死者の様子を表しているのだろうか。このような「方形」座像は神殿にも墳墓にも見られ、神殿では、故人を表す人物像は神の礼拝に立ち会い、神の加護と永遠なる生命を与えられるとされていた。というのも、毎日、神の食卓にのせられた供物は、後で、私人の彫像の前に食事として並べられていたからだ。一方、このような「方形」座像が墳墓に置かれた場合は、葬祭儀式的な役割があり、家族や神官が供物や祈りを捧げることで、永遠なる生命の存続が保障されると考えられていた。このような形式が重んじられるようになったのは中王国時代からで、ウアフイブラーの彫像(末期王朝時代)がまさに立証しているように、その後も長く続いた。したがって「方形」座像の役割が時代とともに変化していった可能性もある。この末期王朝時代には、彫像の背面支持柱にきわめて特殊で難解な定型碑文がしばしば刻まれていたが、ウアフイブラーの彫像にも用いられており、ファラオの伝統的な介入を排し、神の直接の庇護を可能にしている。

作品データ

  • 上エジプトの総督、ウアフイブラーの彫像

    末期王朝時代、第26王朝末、前550-前525年頃

  • 彫刻(丸彫り)閃緑岩

    高さ1.02m、幅0.45m、奥行き0.66m

  • 1799年にM.ド・ラ・チュルビから第1執政ナポレオン・ボナパルトに贈与1816年に収蔵

    A 91

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    1階
    神殿
    展示室12

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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