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作品 宮廷の長、ヘピのカノポス壺(ミイラの臓腑を納める壺)

古代エジプト美術部門 : 宗教と葬祭信仰

宮廷の長、ヘピのカノポス壺(ミイラの臓腑を納める壺)

© Musée du Louvre/C. Décamps

古代エジプト美術
宗教と葬祭信仰

執筆:
Varry Sylvie

この三個のカノポス壺は、中王国時代の役人ヘピのものである。蓋が消失し、数は4個全部揃っていないものの、高品質の赤い陶磁器でできており、両腕を表わす浮彫装飾は注目に価する。一方の手にはアンク記号を、もう一方にはウアス笏を持っているところが描かれている。ルーヴル美術館に収蔵されている最も古いカノポス壺である。

技術と装飾

四つあったヘピのカノポス壺のうち、三壺は蓋が紛失しているものの保存状態はいたって良い。上部が大きくどっしりした形をなし、頸は付いていない。
中王国時代のカノポス壺に使われた多様な素材のうち、ここではテラコッタが選ばれている。きわめて丁寧に作られた壺は、赤いエンゴーべに覆われ、研磨がかけられている。研磨は、乾燥後加熱前に行われ、エンゴーベに含まれるクリスタルが転化し、焼きあがった壺全体に光沢を与えている。しかし、この壺の最も注目すべき点は浅浮彫で彫られたアンク記号とウアス笏を持った両腕を表したきわめて珍しい装飾が施されている点にある。
同時代に作られたこの壺の収納箱の上に内臓を守る4女神の名が記されているので、この女神の両腕であると考えられる。しかし、男神の持物であるウアス笏をもっていることから、ホルス神の息子の腕である可能性もある。

4つめのカノポス壺

それぞれのカノポス壺の口の周囲には銘が刻まれている。故人ヘピの称号や名前と、内臓を守る守護神「ホルス神の4人の息子」のうちの一人の名前である。本美術館では、イムセティ神、ハピ神、ドゥアムテフ神の名が一つずつ書かれた壺を3個収蔵している。製造当時には一式つまり4壺あったはずで、今日では四つめの壺は消失してしまっているが、そこにはケベフセヌエフ神と刻まれていたはずである。

起源と進化

「カノポス壺」は、近代になってから使われた用語で、カノポスという町名に由来している。エジプトのデルタ地帯に位置するカノポスでは、グレコ・ローマン時代に、オリシス神の具現物として、人の頭の形をした蓋付きの壺が崇拝されていた。臓腑を保存するいくつかの壺がこれに似ていたことから、臓腑を内蔵する全ての容器をいつしか不当に「カノポス壺」もしくは「カノポス」と呼ぶようになった。
古王国時代に入って、死体にミイラ処理を施す際に、臓腑が取り除かれるようになった。臓腑は乾燥させた後、亜麻の布でくるんで王墓の玄室の床、または壁に掘られた壁龕(へきがん、壁に設けられた窪み)に置かれた。時には四つに区切られた箱に納められることもあった。第4王朝末期になって、初めてカノポス壺が出現するが、石製で、蓋は平らか盛り上がった形をしていた。
第1中間期になって、蓋に人頭の装飾を施したカノポス壺がいくつか現れるようになる。第1中間期から中王国時代にかけて、多種多様な素材や形が用いられ、カノポス壺を収める箱が一つ、二つ付け加えられるようになる。このように埋葬用具であるカノプス壺は進化し、死者の臓腑が「ホルスの4人の息子」と4柱の女神の加護にあずかる様々な銘文もとりわけよく発達した。

作品データ

  • 宮廷の長、ヘピのカノポス壺(ミイラの臓腑を納める壺)

    中王国時代、前2033-前1710年頃

    カウ・アル=ケビール?、エジプト

  • テラコッタの壺、エンゴーベ、浅浮彫、研磨

    「ハピ神の庇護の下」高さ28.10cm、直径23.50cm「ドゥアムテフ神の庇護の下」高さ28.70cm、直径23.70cm「イムセティ神の庇護の下」高さ28cm、直径23.50cm

  • 「ハピ神の庇護の下」、「ドゥアムテフ神の庇護の下」は1912年に購入「イムセティ神の庇護の下」は1952年に購入

    E 11257

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    1階
    死者の書 副葬品
    展示室17

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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