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作品 書記監督官ラーヘルカーと妻メルセアンクの彫像

古代エジプト美術部門 : 先王朝時代末期から中王国時代末期(前3800-前1710年頃)

書記監督官ラーヘルカーと妻メルセアンクの彫像

© Musée du Louvre/C. Décamps

古代エジプト美術
先王朝時代末期から中王国時代末期(前3800-前1710年頃)

執筆:
Aït-Kaci Lili

書記監査官ラーヘルカーと妻メルセアンクの彫像は、一塊の良質な石灰岩に彫り上げられ、彫像の色は大方残っている。台座の上面、各人物の前に、名前と称号を表すヒエログリフが丹念に沈み浮彫りで刻まれている。この彫像は、彼らの墳墓礼拝堂に安置されていたもので、礼拝堂はおそらくギザの大ネクロポリスにあったと思われる。

男性と女性

この夫婦はお互いに身を寄せ合って立っている。メルセアンクはラーヘルカーに腕を回し、彼よりわずかに下がって立っている。この位置のずれによって、人物彫像に見られる伝統的な硬直性は緩和され調和が取れている。また微妙な肉付けによってラーヘルカーの筋肉質な体つきとメルセアンクの女性的な身体が巧妙に描き出されている。多彩色の質も高く、主役の夫の肌の色には赤色が、脇役の妻にはそれより明るい色、黄色が用いられている。鬘と視線を強調する目の化粧には黒、亜麻の簡素な衣装には白色、宝飾品など貴重な素材を表す時には青色と色が決められていたように、男性と女性の彫像に塗られる色も慣習によって決まっていた。背面支持柱は彫像に安定性をもたらすために取り付けられているが、ここではウエストまでしかなく、メルセアンクが肘をかける台にもなっている。

図像

墓礼拝堂で多数発見されているこのような彫像は、死者の存在を永久に表し、死者が冥界で家族や葬祭神官が捧げる飲食物を取れるようにとの配慮からそこに置かれるようになった。死者の永遠な生存を保証するこの彫像の役目はいたって重要で、職人は彫像の制作に当って、様々な規則を厳密に守らなければならなかった。この記念彫像の永続性を保証するために永遠の素材である石材を用いなければならなかった。

銘文

彫り師は故人の肖像を追及する事を目的とはしなかった。個人特有な顔を再現するのではなく、働き盛りの男女の様々なタイプの身体が当時の理想的なプロポーションに彫り上げられ、人物の社会的な地位は、彫像の姿勢、持物、衣装で表され、人間関係はポーズなどで表現されていた。ラーヘルカーとメルセアンクはお互いの鬘が接し混ざり合う程近くに寄り添っており、夫婦仲が良いことを物語っている。
彫像は、銘文に記されたその人物の正確な名や称号によって個性が与えられる。ここでは、台座の上面に、「ジャッカルの書記の監督官」「その妻、王の知人」と刻まれており、ラーヘルカーが行政の高官で、彼の妻の役職については明記されていないものの、王宮に出入りしていた人物であったことを示している。
古王国時代において、芸術と文字は相互補完的な関係にあり、銘文と彫刻を合わせてはじめて一つの完全な碑文が構成されると考えられていた。要するに台座には名前が単に表音的な文字で表され、丸彫りに彫られた彫像は表意文字としてこの人物を特定すると考えられていた。

出典

Andreu, Rutschowskaya et Ziegler, L'Égypte ancienne au Louvre, 1997, pp. 59-62, p. 251.
Ziegler, Les Statues égyptiennes de l'Ancien Empire, 1997, p. 13,
pp. 123-127.

作品データ

  • 書記監督官ラーヘルカーと妻メルセアンクの彫像

    古王国時代、第4-5王朝、紀元前2350年頃

  • 彫刻(丸彫り)、石灰岩、彩色

    高さ52.80cm、幅17.60cm、奥行き21.30cm

  • 1938年、L.,I.及びA.カーティスによる寄贈

    E 15592

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    2階
    古王国時代 紀元前2700‐紀元前2200年頃 書記坐像
    展示室22

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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