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作品 王-祭司像

古代オリエント美術部門 : メソポタミア

王-祭司像

© 1994 RMN / Hervé Lewandowski

古代オリエント美術
メソポタミア

執筆:
Pouysségur Patrick

図式化されたこの彫像は「祭司王」の名で知られる人物像の表現とみなされている。この用語は伝統的にウルク期に南メソポタミアで生まれた最初の都市社会における最高の高位聖職者を意味している。

町の誕生

4千年紀後半ウルク期と呼ばれる時代の流れの中で、南メソポタミアの大沖積平野で築き上げられた人間の共同体は最初の町の出現とともに決定的な変動を遂げていく。しかしながら、この都市化への展開は、前千年紀間にシリア=メソポタミア圏の住民によってもたらされた長い進化の結実にしか過ぎない。初めの定住化の動きと農耕と牧畜の高度な習熟の結果、これらの村落共同体は、次第に階層化形態に進化する社会分化の出現へと導いてゆく一定の飛躍を遂げた。4千年紀を通して、豊かな下メソポタミア平野における人口増加に組み合わされた社会変動の促進をきっかけに、本当の都市を生じさせてゆく。
一部の住民はこのようにして広大な都市圏に集まり、その内で最も重要なのはユーフラテス流域沿岸に位置するウルク市であり、時代の標準遺跡でもある。そこでは煉瓦製の非宗教と同じく宗教的な記念大建造物が発達して、それ以降、多様化と複雑化する社会をも管理する共有の社会体制の設定がうかがえる。この管理は、文字という正確さと信頼性を保証する情報の記録と移動システムの発明によって、さらに安易になってゆく。

祭司王の肖像

都市の中心で初めて起こる新しい社会組織の頂点には、社会から特別な地位を与えられていた人物が存在するようである。彼はウルク期の図像において広く表現されており、そこでは獅子狩りあるいは宗教祭儀の主宰をしながら姿を見せる。戦士と典礼を兼務するこの組合せは、伝統にのっとって《祭司王》の用語で指し示されている人物に相当していた。
石灰岩製のこの小像こそがその人物を具現しており、他にも見事に同じような2像の作品例が知られている。大きな塊を加工して、手足が身体と連帯した状態で、頭は直接肩に結びつき、足は刻み目によってほんのわずか連想させたこの小像は、王の肖像の伝統の誕生と同時に丸彫り彫刻のそれをわかりやすく説明している。
《祭司王》は頭巾または王のヘアバンドのようなものをつけいる。整った輪状ひげが髪の毛の延長に蓄えられ、丸くなった頬とあごをあらわにして顔面を囲んでいる。また彼は両腕を胸にぴったり寄せて立っている。
普通は長いスカートをはいて表現されるいくつかの円筒印象や浮彫とは反対に、ここでは彼は全裸像で表されている。このような全裸肖像は、おそらく特別儀礼への参列に関係づけられているに違いない。これは豊饒の崇拝を演じていたに違いなく、他にも祭式執行者が同じように全裸で姿を見せる献酒祭儀をわかりやすく説明している表現が知られている。

作品データ

  • 王-祭司像

    ウルク期、前3300年頃

    イラク、遺跡不明

  • 石灰岩

    高さ30.5cm、幅10.4cm、厚み7cm

  • 旧収蔵

    AO 5718, AO 5719

  • 古代オリエント美術

    リシュリュー翼
    1階
    古代メソポタミア:起源から紀元前3千年紀まで
    展示室1a

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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