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作品

イスラム美術部門 : モンゴル支配時代のイラン・マムルーク朝・ティムール朝

© 2007 RMN / Franck Raux

イスラム美術
モンゴル支配時代のイラン・マムルーク朝・ティムール朝

執筆:
Collinet Annabelle

《聖ルイ王の洗礼盤》は、イスラム美術の最高傑作のひとつで、芸術作品として完璧であるとともに、この作品が投げかける謎が、我々を魅了する。制作者はムハンマド・イブン・アル=ザインで、彼はこの作品に、六度、銘を入れている。この金工家は、ルーヴル美術館所蔵のもう一点、別の金工象嵌の作品でも、銘を入れている。この盥は、全面を人物像のある場面装飾が被い、その場面は貴金属の象嵌によるものである。

フランス王に関係する作品

この盥の呼び名は、18世紀後半以降に現れたものである。聖ルイ王ことルイ9世によって、フランスに持ち込まれたという由来を示すものであるが、1270年に、聖ルイ王が歿した時この盥はまだ存在していなかった。その上、1380年以前に作成されたシャルル5世の財産目録にも、この盥は記載されていない。この洗礼盤がフランス王家の皇子、皇女の洗礼に使用されたことは確かである。たとえば、ルイ13世は、1601年にヴァンセンヌ城で洗礼を受けたが、この時、この盥を洗礼盤として使用している。これらの事実は、これが14世紀末までは、フランス王家のコレクションの中にはなかったが、17世紀初頭には、すでに入っていたことを示している。1856年には、この盥はルーヴル宮殿から、ノートル・ダム大聖堂へ運ばれて、帝国の皇太子ナポレオン=ウジェーヌの洗礼に、最後の洗礼盤としての役目を果たしている。内側の縁にフランス王家の楯形紋がみられるのは、19世紀に加えられたものである。

この上なき豊富な装飾

盥の外側の壁面には、主要場面が中央の幅広の帯に、四つのメダイヨンで区切られて、表わされている。武器や職務を表わす紋章をもったマホメットの子孫、アミールの列がメダイヨンで分けられた二つの区画に表わされている。棍棒を持つ人(ジュマクダール)、斧を持つ人(タバルダン)、弓を持つ人(ブンデュクダール)、調度品の管理者(ジャムダール)、馬上球技ポロの責任者(ジュカンダール)、剣を持つ人(シラーダール)、杯を持つ人(サキ)が判読できる。これらの宮廷高官のなかには、紋の付いた長靴を履いている人がいる。その他のアミールは、残りの二つの区画に 、食器と獲物を捧げ持つ姿で表わされている。彼らは、サルタンの酌人、食物の毒味役、狩猟の高官、サルタンの猟犬担当の狩猟係である。四つのメダイヨンの中に表わされた騎兵四人は、馬術の規律を表現するものであるらしい。中央の帯の上下に二つの帯状装飾があり、動物の行列が表わされている。この動物の列は所々で小さいメダイヨンによって切られ、そのメダイヨンには、紋が彫られている。
盥の内側も同じ構成で、装飾されている。中央の幅広の帯は、四つのメダイヨンで区切られている。武器を持って、馬を駆けている騎兵が、メダイヨンによって区切られた四つの区画に表わされている。ここでも、フラシイヤの規律が表わされている。そして、おそらく、軍事演習と、競技場で行われた、激しく、しばしば命を失うこともあった騎馬槍試合を描いていると考えられる。盥の内側のメダイヨンの二つは、玉座にある君主の姿が表わされている。君主は杯を持ち、かれの両脇には、国を象徴する文具箱を持つ人と武器を持つ人、二人のアミールが付き従っている。そして外側同様に、動物の列の帯状装飾が、この中央の場面を縁取っている。
これらすべての装飾は非常に緻密で、ねっとりした豊かな扱いで特徴的な棕櫚葉と小花の植物文様の地の上に浮き出ている。
盥の底は、実際にあるものと空想上のものが混じった、魚と海の動物の輪舞が表わされている。


紋の謎

外側の動物の行列のある帯状装飾には、八つの紋によって、律動感が与えられている。百合の花が装飾の完成した後に加えられたことは、はっきりみえる。この花の下にまだ判読できる紋は、後片足立ちの獅子で、本来は赤銅の地に金の象嵌であったろうと推察できる。この紋章と、もうひとつ、「鍵」の形の紋が、交互に入っており、こちらも、金の象嵌である。内壁にも同様に、動物の列の帯状装飾は、八つの紋の入ったメダイヨンで区切られていて、百合の花の下に「鍵」のモチーフがみえる。百合の花は、サルタン・カラウン(1280−1290年)の治世下で非常に流行した紋であることが知られている。その後、1321年から1339年頃、サルタン・アル=ナジール・ムハンマド・イブン・カラウンの紋になったらしい。後片足立ちの獅子は、キプロス島のリュジニャン家の紋を想起させる。この一族は、他にも、現在ルーヴル美術館が所蔵している、ユーグ4世の銘のあるマムルーク朝時代の金工作品の盥と盆を所有していた。ところで、この盥の内側のフランス王家の紋は、そもそも空白で残されていた楯形紋に入っているが、その楯形の形が、ユーグ4世の銘のある盥の紋の形に相似している。空白で残されていた楯形には、最初の注文主の紋が入る筈であった。しかし、空白だったということは、この盥が、本来の注文主のものとならずに、マムルーク朝のサルタンによって保存されたのではないだろうか。そして、百合の花の紋は、サルタン・ムハンマド・イブン・カラウンの紋ではないだろうか。

出典

- ALLAN J.W., " Muhammad ibn al-Zain : Craftsman in Cups, Thrones and Window Grilles", in Levant, XXVIII, 1996, pp. 199-208.

- BEHRENS-ABOUSEIF Doris, " The baptistère de Saint Louis : a reinterpretation ", in Islamic Art, III, 1988-1989, pp. 3-14.

- RICE David Storm, " The blazons of the " Baptistère de Saint Louis ", in Bulletin of the School of Oriental and African Studies, XIII/2, 1950, pp. 367-380.

- RICE David Storm, Le Baptistère de Saint Louis, Éditions du Chêne, 1951.

- WARD Rachel, " The " Baptistère de Saint Louis " - A Mamluk Basin Made for Export to Europe ", in Islam and the Italian Renaissance, Warburg Institute Colloquia, 5, 1999, pp.113-132

L’énigme des blasons
Huit blasons scandent les frises animalières qui bordent la composition externe. On distingue des fleur de lis qui ont été ajoutées après l’achèvement du décor. Elles recouvrent des blasons sous-jacents encore discernables : un lion rampant, à l’origine peut-être incrusté d’or sur fond de cuivre rouge ; ce meuble alterne avec un second en forme de « clef » qui était aussi incrusté d’or. Huit autres médaillons à blasons, plus petits, scandent les frises animalières de la paroi intérieure : sous la fleur de lis sont visibles les motifs de « clef ». On sait que la fleur de lis devint un blason très populaire sous le règne du sultan Qalaun (1280-90) ; et que plus tard il devint l’emblème du sultan al-Nasir Muhammad ibn Qalaun, vers 1321-1339 semble-t-il. Le lion rampant évoque le blason de la famille des Lusignan à Chypre, qui possédait des métaux mamluks : un bassin au nom de Hugues IV (MAO 101) et un plateau (MAO 1227) sont tous deux conservés au Louvre. Les armes de France, à l’intérieur du bassin, dissimulent des écus laissés vides, dont la forme est similaire à ceux du bassin de Hugues IV. Ils devaient être destinés à porter les armes du premier destinataire de l’œuvre, mais leur absence amène à penser que celui-ci n’a jamais reçu ce chef d’œuvre, peut-être conservé par un sultan mamluk dont l’emblème était la fleur de lis : Muhammad ibn Qalaun ?

作品データ

  • ムハンマド・イブン・アル=ザイン

    1320年から1340年頃

    エジプト、もしくはシリア

  • 真鍮、鎚起、金、銀、黒石基、象嵌

    高さ22.2cm、直径(口)50.2cm

  • ヴァンセンヌ城内、礼拝堂の旧宝物庫、1832年、ルーヴル美術館に収蔵

    通称《聖ルイ王の洗礼盤》

    LP 16

  • イスラム美術

    リシュリュー翼
    地上階
    エジプト、近東、アナトリア 12‐13世紀
    展示室8

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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