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神格化された賢人イムヘテプ

© Musée du Louvre/G. Poncet

古代エジプト美術
宗教と葬祭信仰

執筆:
David Élisabeth

エジプトでは人が神格化されることは、きわめて稀なことであるが、第3王朝の博学な高官イムヘテプはその運命をたどった。ジェセル王に仕えたこの賢人は、紀元前27世紀中頃に最初のピラミッドを建設した人物で、新王国時代以降からは、書記の「守護聖人」として崇拝され、紀元前7世紀には学者と医者の守護神として、ついに神格化されるまでになった。しばしば書記の姿で表されるが、この彫像では、膝の上にパピルスの巻物を広げて座っている神官の姿で表されている。

有名だが未知なる人物、イムへテプ

生前のイムヘテプの肖像は、今のところ存在しない。彼の家族について何も分かっていない上に、墳墓も未だに確認されていない。しかしながら、カイロのエジプト博物館に収蔵されている第3王朝時代の彫像の破片、正確に言えばジェセル王の彫像の台座の銘文に、王の助言者イムヘテプの名が記されており、「下エジプト王の大法官、上エジプトの王に仕える者、偉大なる領地の長、高官(パト)の長、偉大なる預言者(ヘリオポリスの大神官)、彫刻師と石工の長」などの称号が列挙されている。このことから、イムヘテプという人物や、彼と石造建築との関わりが、イムヘテプ信仰のために、彼の死後千年以上経ってから作り上げられた話ではなかったことが分かる。

神格化に至るまでの長い道のり

アメンヘテプ3世の治世下(紀元前14世紀)以降から、故人イムヘテプは、書記たちから献水を受けるようになる。ラメセス2世の治世下(紀元前13世紀)には、メンフィスの守護神プタハの息子と見なされ、メンフィスにイムヘテプを祀る礼拝堂があったのではないかと推測されている。イムヘテプを祀る神殿とそこに仕える神官が存在したことを確認するには、サイス王朝時代(第26王朝、紀元前7-6世紀)を待たなければならない。この時代にはイムヘテプの神格化が完了していたと言える。第30王朝(紀元前4世紀)には、この新しい神は、病の治療の神としても崇拝されるようになり、メンフィス地方で誕生したイムヘテプ信仰はエジプト全土に普及していった。さらに、ギリシアの神、アスクレピオスと同一視され、地中海沿岸でも崇拝されるようになった。

崇拝された品

ルーヴル美術館のこの小彫像は、その様式やヒエログリフの装飾などから、プトレマイオス朝時代のものとされている。立方体の簡素な椅子に腰掛けたイムヘテプは、神官の衣装である長い腰衣を身にまとい、キャロットと呼ばれる僧職者が着用する椀形の帽子を被っている。背面支持柱には、この彫像の奉献者名が「イムヘテプのイマク(加護を授かる者)、パイプウから生まれたパネヘスの息子ウアフイブラー」と記されている。イムヘテプの膝の上で広げられたパピルスには、「全ての書記の水入れの水が(献水として)、イムヘテプよ、あなたのカー(人間の霊、生命力、人格、精神活動の総体)に捧げられるように」という「祈り」が、観閲者の方に向けて書かれている。新王国時代から、書記たちは自分の水入れに入っている水を何滴かこの守護聖人に捧げて崇拝していたことが、この祈りの銘文からわかる。

出典

M. ETIENNE, Heka - Magie et envoûtement dans l'Egypte ancienne, Catalogue d'exposition, Louvre/RMN, Paris, 2000, p. 72, notice n 212.

作品データ

  • 神格化された賢人イムヘテプ

    プトレマイオス朝時代、前332年-前30年

  • 丸彫り彫刻、グレーワッケ

    高さ45.50cm、幅11cm、奥行き24cm

  • 1793年、フランス革命による接収

    N 4541

  • 古代エジプト美術

    シュリー翼
    1階
    写本と写字生
    展示室6

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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