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作品 禿げ鷹の碑

古代オリエント美術部門 : メソポタミア

禿げ鷹の碑

© 1995 RMN / Hervé Lewandowski

古代オリエント美術
メソポタミア

執筆:
Pouysségur Patrick

この戦勝碑はシュメールの都市遺跡ギルスで発見された多数の断片をもとに復元された一部であり、現在知られている最古の史料編纂(へんさん)記録である。長いシュメール語碑文はラガシュに近隣した都市国家とウンマ市が対戦していた反復紛争の物語であり、その後のラガシュの王エアンナトゥムの戦勝物語である。彼の勝利は豊富な詳細とともに両面を覆う浮彫の見事な図像によってわかりやすく説明されている。

卓越した歴史的記録

欠落した保存状態にもかかわらず、両面に彫刻と刻文のあるこの大規模な碑は、現在知られている最古の史料編纂記録である以上、比類のない価値ある記念碑である。テロー遺跡の発掘により、ギルスのシュメール古代都市遺跡のなかから、散布した多数の断片が出土した。この碑は文書と図像によってラガシュの王エアンナトゥムが、近隣都市ウンマに対し収めた一大勝利を記念している。実際にこの両都市は彼ら共有の国境画定に関して反復的な戦争状態を継続していたが、これは当時の初期王朝時代における都市国家間の関係を映し出している。
ラガシュ第1王朝創始者ウル・ナンシェの孫にあたるエアンナトゥムは、紀元前2450年頃に統治していた王であり、この都市国家を権力の絶頂期に導いた。禿げ鷹の碑に刻まれた碑文は小半分しか残っていないが、それにもかかわらず見事な規模の碑で、誕生から神の加護の下に置かれていた君主の勝利を賛美している。女神ニンフルザクの乳で育てられ、女神イナンナの名をもちながら、彼がラガシュの王位を授かったのは、ニンギルス神自らからである。予言的な夢によって神々の支援を保証されたエアンナトゥムは、両都市間の敵対関係の争点である国境領土グ・エディンナの支配を認めさせるために、断固として対ウンマの戦いに身を投じてゆくのである。
「我エアンナトゥムは、権力者、ニンギルス神に呼ばれし者、(敵)国で、怒りをもって、始終あったこと、我はそれを布告する。ウンマの王は、彼の軍隊と一緒の度にグ・エディンナを襲うであろう、ニンギルスの愛する耕地、(その者が)それを取り壊すとは。」

「歴史的」面

対ウンマの軍事遠征の叙述は幾段かの帯状に仕切られた伝統的配列に従って、石碑の背景に人物像を刻み彫刻される表現をとり、絵に描いたような仕方でわかりやすく説明している。物語はここでは象徴的な遠近法を考慮に入れながら、各両面に割り振るという特色を呈している。ひとつの面は「歴史的」側面に当てられ、もうひとつの面は「神話的」側面で、ひとつの面では人間の交戦を他面では神々の介入を釈明している。このようにして勝利へ導くために人間の決意と神の加護が組み合わされているのである。
通称「歴史的」面の上段では、ラガシュの君主が軍の先頭にたって進むところを見せている。エアンナトゥム王はカウナケスと呼ばれる羊毛房の付いたスカートをはき、左肩にかかる羊毛の上衣をはおっている。王は高位の人物専有の髷(まげ)を結った形の冑をかぶっている。兵士たちの方も冑をかぶり長い槍で武装して、長い丈の長方形の盾の後ろに互いに身を守りながらびっしり並んで前進している。大勝利を収めたラガシュ軍は敵国の死骸を踏みつけると、鷹の大群がずたずたに食いちぎった。この場面に碑の通称は由来している。「エアンナトゥムはウンマを打ち負かした。彼はすばやく3600名の死骸を数え上げた(というような)。我エアンナトゥムは、嵐の暴風の如く、我は騒乱を巻き起こした。」と碑文では言明している。
二段目では、勝利の行進らしいものが表されている。兵士たちは戦車に乗った君主の後ろに二列に並んで前進している。彼らは槍の高く上げまた肩には戦闘斧を掲げている。エアンナトゥムもまた長い槍と固有の武器で曲刃の斧を振り上げている。彼は正面から見た高い丈の泥よけが備えつけられた4輪車の戦車の上に立ち、そこから矢筒に入った投槍が姿を現している。
三段目は非常に断片化しているが、兵役志願を終了したばかりの葬儀を描いている。山積みされた彼らの仲間の死骸を埋葬するために、ラガシュの兵士たちは頭に土を盛った籠を載せながら梯子をよじ登っているところである。縛られて仰向けに寝かせた牡牛の動物は、生け贄(いけにえ)にされる状態になっている一方で、植物の小枝を備える大甕(かめ)の上で献水儀礼が行われている。

「神話的」面

「神話的」と呼ばれる面にはエアンナトゥム王に勝利を贈る神の介入が表されており、都市国家ラガシュの守護神ニンギルスの堂々とした図像が支配している。ニンギルス神は敵軍を雑然と捕らえた大網をもち、棍棒頭で彼らを叩いている。とりわけ神の戦闘用具であるこの網は、広げた翼に爪で2頭の獅子をつかむニンギルス神の隋獣で獅子の頭をした鷲イムドゥグドの紋章によって閉じた状態でもたれている。
残りの「神話的」面は欠落部が多いが、打ち勝つ神の横に女神の存在を連想させているようであり、おそらくニンギルス神の妻で、同じく頭部が獅子の姿をした鷲のナンシェ女神であろう。下段では、同じ女神を連れ添った戦車の上に神の姿をほのめかしている。
碑文にはエンナトゥムの勝利の交戦を称えたあとで、最も神聖な神々の前で二人の君主による宣誓を刻むために広い余白が空けられている。ラガシュの領地内にグ・エンディナを復活させたのち、エアンナトゥムはウンマと国境を定めそこへ碑を設置する。しかし、人間の計画を成功させるには神の特別の計らいがなければ実現できなく、事物の新しい秩序の永続性を保証するためには、神に加護を祈らねばならないのである。「ウンマの人間は決してニンギルスの国境を越えることがないように。そこの土手や溝が損なわれることがないように。碑の位置を変えるようなことがないように。もし、国境を越えるようなことがあったなら、天地の王、エンリル神の大網が、宣誓したとおり、ウンマに襲いかかるように。」

出典

- AMIET Pierre, L'Art antique du Proche-Orient, Mazenod, Paris, 1977, p. 369, fig. 328.

- HUOT Jean-Louis, Les Sumériens : entre le Tigre et l'Euphrate, Errance, Paris, 1989, pp. 222-224.

- PARROT André, Tello, vingt campagnes de fouilles, 1877-1933, Albin Michel, Paris, 1948, pp. 95-101.

- SARZEC Édouard (de), Découvertes en Chaldée, Leroux, Paris, 1884-1912, pp. 36, 68, 94-103, 174-195.

- SOLLBERGER Edmond, KUPPER Jean-Robert, Inscriptions royales sumériennes et akkadiennes, Cerf, Paris, 1971.

作品データ

  • 禿げ鷹の碑

    先王朝第3期(前2600-2330年)

    イラク、テロー(旧ギルス)

  • 石灰岩

    高さ1.80m、幅1.30m、厚み0.11m

  • エドアード・ド・サルゼク発掘、大英博物館寄贈

    AO 16109, AO 50, AO 2346, AO 2348

  • 古代オリエント美術

    リシュリュー翼
    1階
    古代メソポタミア:起源から紀元前3千年紀まで
    展示室1a

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
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開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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