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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>紅縞瑪瑙の水差し
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紅縞瑪瑙の水差し
© 1991 RMN / Daniel Arnaudet
工芸品
初期中世
一塊の紅縞瑪瑙のから彫りだされたこの壺は、1684-1701年の間に、飾石の大変な愛好家だった国王ルイ14世(1638-1715年)のコレクションに加わった。長年「ミトリダテスの壺」と呼ばれていたが、実際には細工のぎこちなさが目立つことからわかるように、ビザンティンの作品である。本作品はビザンティンで作られた一群の水差しのうちの1つで、ビザンティンで飾石の壺が制作されていたこと、それらが西欧で君主たちの興味を引いていたことを物語る。
一塊の石から作られた作品
この壺には金具がなく、紅縞瑪瑙という白い石目の入った褐色の石の塊から作られている。水差しの縁は突き出しており、注ぎ口になっている先端の突起は両側がへこんだいる。首は長く、下に向かってやや広がっている。かなり厚い基部が膨らんだ壺の腹部を支えている。外側に弧を描く取っ手は、両側が斜めにカットされており、上面が平らで穴の1つ開いた卵型のモチーフがその上に載っている。本作品は19世紀に、ポントス王(小アジア北東部に位置し、マケドニア帝国崩壊後に建設された王国)ミトリダテス6世(紀元前132-63年頃)の宝物室に由来するかのように、「ミトリダテスの壺」という名で知られていた。
ビザンティンの水差し
ビザンティンの歴代皇帝は、好んで飾石の壺を贈り物とした。こうした壺は、伝統的に一塊の石から作られた分厚いもので、仕上げは完璧ではなかった。実際に、表面はごつごつとして鑿の跡が残っている。石の傷もそのままである。そのうえ装飾は施されないのが常だった。ルーヴル美術館が所蔵する水差しには、その特徴がよく現れている。確かに、数々の不手際が見られる。注ぎ口はゆがんで傾き、腹部は注ぎ口側より取っ手側の方が膨らんでいる。取っ手は軸からずれて斜めについている。腹部側面および注ぎ口と取っ手の間には、石そのものの傷が認められる。こうした点から、本作品はビザンティンの作品だと思われる。
関連作品
この一塊の石から作られた水差しは、サン・ドニ修道院宝物室に由来する紅縞瑪瑙の水差しと近い関係にある。またフィレンツェのパラッツォ・ピッティに所蔵される同素材の水差しとも類似が認められるが、こちらはササン朝美術に属する作品とされている。ヴェネツィアのサン・マルコ寺院宝物室にある、動物を象った取っ手のついた2つの水差しは、上記2作品と関連がありそうである。水差しの取っ手に穴が開いているところを見ると、金銀細工の金具がついていたが失われた、という可能性が考えられる。これら5点の水差しは一連の作品としてまとめることができ、すべてササン朝美術の影響下に制作されたとみなしてよいだろう。実際に、ササン朝の影響はビザンティオンに及んでいたことが確認されている。
出典
Alcouffe Daniel, Les Gemmes de la Couronne, Paris, Editions de la Réunion des musées nationaux, p. 77-78.作品データ
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紅縞瑪瑙の水差し
7世紀(?)
ビザンティン帝国
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紅縞瑪瑙
高さ17cm、幅10.5cm、奥行き8cm
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MR 116
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リシュリュー翼
2階
シャルルマーニュ
展示室1
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
