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1対の瓶入れ

© Musée du Louvre / Objets d'Art

工芸品
18世紀:ロココ

執筆:
Barbier Muriel

このルーヴルの2つの瓶入れは、有名なパンティエーヴル=オルレアンの食器セットに由来する。この食器セットは、元来トゥールーズ伯ルイ=アレクサンドル・ド・ブルボン(1678-1737年)が注文したもので、数回にわたって数人の金銀細工師によって完成された。ブドウの幹の形をした瓶入れは、トマ・ジェルマンの作品で、一回目の注文品の一部であった。これらはロカイユの傑作であり、その最も早期の表明の一つである。

瓶入れとは?

『フランス風』の給仕法においては、葡萄酒の瓶やグラスが食卓の上に置かれることはなく、常に冷やされていた。そのために、グラスと瓶のための冷却器や瓶入れが使われた。グラスの冷却器は、細長い形であったのに対し、瓶入れはむしろ円筒形で高さがあった。これらの容器は、食卓が整えられた部屋の、壁際のコンソールテーブルの上に置かれた。食事に招かれた客が飲み物を飲みたいときには、後ろで控える召使に頼み、召使は飲み物を注ぎ、客が飲み終わると、瓶とグラスをもとの位置に戻した。

パンティエーヴル=オルレアンの食器セット

この食器セットのうち最も古いものは、1727年と1736年の間に、このルーヴルの瓶入れの作者であるトマ・ジェルマン(1673-1748年)が、トゥールーズ伯、ルイ=アレクサンドル・ド・ブルボンのために制作した。トゥールーズ伯は、ルイ14世とモントスパン夫人の間にできた3人目の準嫡子であり、フランス海軍大元帥であり、狩猟長であった。2人の金銀細工師、アントワーヌ=セバスティアン・デュランと、エドム=ピエール・バルザックの間で分担して制作された、第2段階の注文をしたのはトゥールーズ伯の息子、パンティエーヴル公ルイ=ジャン=マリー・ド・ブルボン(1725-1793年)である。彼の死後は、彼の娘、ルイーズ=マリー=アデライド・ド・ブルボンがその食器セットを受け継いだ。彼女はオルレアン公ルイ=ジョゼフ=フィリップと結婚し、そうして金銀細工品はオルレアン一族の財産となった。恐怖政治の後、オルレアン公爵夫人は、彼女の財産の所有権をとりもどすが、1821年に彼女が死ぬと、金銀細工品は彼女の息子、オルレアン公ルイ=フィリップ(1773-1850年)のものとなる。彼は食器セットにオルレアン家の紋章を加える決定を下す。そしてルイ=フィリップの死後は、食器セットは彼の子孫の間に分散する。

ロカイユ様式を代表する作品

トマ・ジェルマンの2つの瓶入れは、第一回の注文に属する。それぞれが、リボンを結ばれた籐の茎模様の刳り形を施され、一部が植物模様に隠れた、8角形の台座の上に乗せられている。これらの品の膨らんだ部分は、全体の側面から下部にかけて膨らみ、開口部が大きく開いており、構造が変形した古代の壺の形を思わせる。別々に見ると、この2つの瓶入れは完全に非対称であるが、並べて置くと調和を取り戻す。この瓶入れは、全体に動きがあり、壺の正面をつたって取っ手につながる、房と枝を付けたブドウの幹から構成された、豊富な植物模様に覆われている。この非常に自然な描写で表現された植物の意匠のなかには、小さなカタツムリが這っている。この2点の作品はロカイユの精神の傑作、そしてそのもっとも豊かな表れのひとつである。そして一方では、その型作りと彫金の技で、発想豊かな小さな世界に息を吹き込む術を知っていた、トマ・ジェルマンの才能の証人でもある。

出典

Exposition Versailles et les tables royales en Europe, Versailles, 1993, pp. 275-280.

作品データ

  • トマ・ジェルマン(1673年頃―1748年)1720年、パリにて職人資格取得

    1対の瓶入れ

    1727-1728年

    パンティエーヴル=オルレアンの食器セット

    パリ

  • 1946年、デイヴィッド・ウェイルの寄贈

    高さ22cm、幅26cm、直径(各)20cm

  • オルレアン家

    OA 9431, OA 9432

  • 工芸品

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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