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作品 《アンリ2世(1519-1559年)とカトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589年)》

素描・版画部門 : 16世紀

Portrait d'Henri II et de Catherine de Médicis

素描・版画
16世紀

執筆:
Grollemund Hélène

中央に国王アンリ2世とその妻カトリーヌ・ド・メディシスとを描いたこの素描は、フランソワ1世からシャルル9世までのヴァロワ家の治世にちなんだ寓意・歴史画の連作に含まれるものである。この《当世フランスの歴史》と名付けられた連作は、シャルル9世の治世下の作であり、王家に対する追従に心を砕いていたパリの薬剤師ニコラ・ウエルの著した文章の挿絵に用いられた。

死後の肖像

この作品は、フォンテーヌブローにあるフランソワ1世ギャラリーのロッソ・フィオレンティーノによる装飾原理に着想を得た、飾り枠による三部構造の構図を用いている。中央にある国王夫妻の肖像――顔の部分は別の紙に描かれたものが貼り付けられており、最初の下絵が透けて見える――には、国王のおなじみの紋章の他に、神話から取られた幻想的なモティーフが取り混ぜられている。アンリ2世は、騎士道の理想にしたがって甲冑姿で描かれている。国王は、聖ミカエル王立騎士団の首飾りを身に着けており、妻と同様に、フランス王家のシンボルである百合の花をあしらった白貂(てん)のマントをまとっている。その権威の属する世界が、人間一般のそれよりも勝っていることを示すために、二人の像はオリンポスの神々を頭上に戴いており、そこではユピテルがメルクリウスを遣わして、王にその権力の象徴である王冠と笏とを届けさせようとしている。また、絵の様々な細部が、これらの肖像が描かれたのはアンリ2世が逝去した時期であること(王の後ろのオベリスクはおそらくその墓碑と考えられる)、そして王がその権力を女王に譲り渡したということ(ここでは国王は豊饒の角の形をした松明(たいまつ)を手渡している)を強調している。王の側に見られる陰の部分、そして女王の側に見られる日の出は、同じくこの王の死を象徴しているのである。

国王の栄光を讃えて

装飾の他の部分も同様に多くを物語っている。上の部分では、王と女王の紋章の両側に見られ、また下の部分では、表題の飾り枠の両脇に描かれた、果物で溢れる角を手にした女たちは、「豊饒」の擬人像である。左では、音楽と詩の神であるアポロン、戦いと職人の女神ミネルヴァとが、メダイヨン(円形装飾)を取り囲んでおり、そこには生贄(いけにえ)の山羊が引かれていく神殿が描かれている。右では、最高位の女神であり結婚した女性の守護神であるユノ(したがって、カトリーヌ・ド・メディシスの一番近くに描かれているのは不思議ではない)、また母なる大地と植生の女神であるケレスとが、収穫の光景を描いたもう一つのメダイヨンを挟んで立っている。これらはすべて、理想的な繁栄を表わそうとしているのだが、現実にはアンリ2世の御代はもとより、シャルル9世の幼少期におけるカトリーヌ・ド・メディシスの摂政期はなおのこと、そうした繁栄を見ることはなかったのである。

絶対性への願望

フランソワ1世とクロード・ド・フランスの息子であるアンリ2世は、1547年に王位に就くずっと前の1533年にカトリーヌ・ド・メディシスを妻に迎えている。1559年、王の死により、ハプスブルク家(カール5世、次いでフェリペ2世)との覇権争いの治世にも、またフランソワ1世がすでに身をもって体現した、文学と美術の威信の擁護にも、終止符が打たれることとなった。素描左端にあるアンリ2世の組合わせ文字は、古代の女神ディアナの三日月を王のイニシャルと組み合わせたものである。その意味するところは、標語の示すように、「(月が)その球体すべてを覆い尽くすまで」、すなわち、月の満ち欠けを、絶対性への願望、とりわけ絶対王政、帝政への願望の象徴としているのである。もう一方の端では、標語を伴った、王冠を戴く二重のMの文字が描かれているが、これはカトリーヌ・ド・メディシスだけのものである。

出典

- CORDELLIER Dominique, Visages du Louvre : Chefs-d'oeuvre du portrait dans les collections du Louvre, cat. exp. Tokyo, Musée national d'art occidental, 1991, notice 62, p. 128-129.

作品データ

  • アントワーヌ・カロン(ボーヴェ、1521年-パリ、1599年)

    《アンリ2世(1519-1559年)とカトリーヌ・ド・メディシス(1519-1589年)》

    1561-1562年と1572年の間

  • ペン、褐色インク、明るい褐色の淡彩、白のハイライト、黒チョークおよび尖筆による下絵、他の紙の上に全体を貼付肖像部分はペン、黒インク、灰色と褐色の淡彩、紙片に描いたものを貼付

    縦41.6 cm、横56.5 cm

  • 1912年5月14日に、ロンドンのサザビーズで競売(264番の一部)。1948年に、モーリス・フナイユ追悼記念としてロベール・ド・ビリー公爵夫妻により寄贈

  • 素描・版画

    保存上の理由により、当部門の作品は常設展示室では展示されていません。

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