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《パリ高等法院のキリスト磔刑》

© 2005 Musée du Louvre / Erich Lessing

絵画
フランス絵画

執筆:
Ponge Geneviève

《パリ高等法院のキリスト磔刑》は、かつて間違って《パリ高等法院の祭壇画》と呼ばれていたが、この作品が教会の祭壇を飾る祭壇画であったことは一度もなかった。作品は、フランス王の顧問機関であり、王国の主要な法廷であったパリ高等法院の大法廷のために注文された。こうした経緯が作品の図像を決定している。15世紀において、磔刑という主題を選択することは、地上の司法を天上の裁きのしるしの下に据えようという願望に呼応している。

裁きを下すための宗教的主題

ゴシックのフランボワイヤン様式の時代における、当時の元々の枠が、崇拝する天使に囲まれた父なる神、聖霊の鳩と神の子キリストからなる中心の軸を強調しており、その周りに作品の構図が配されている。左側には、聖母と2人の聖女が、右側には、福音書記者聖ヨハネが描かれている。その他の4人の聖人たちは、三つ葉形の4つのアーチの下を占めている。フランス王制の守護聖人である聖王ルイ、聖ドニ、シャルルマーニュである。神の子羊を指し示している洗礼者聖ヨハネは、フランス国王の祖父で1297年に列聖された聖王ルイに付き添っており、聖王ルイは百合の花が散りばめられた青い壮麗なマントを纏って冠を戴き、右手には王笏を持っている。十字架の右側では、フランス王と王国の守護聖人である聖ドニが、殉教の直後に立ち上がって、司教冠を被った頭を持った姿で表わされている。聖ドニの背後に見える、聖人が拷問を受けた地であるモンマルトルが、ここではキリスト磔刑の地であるゴルゴタを象徴している。より粗野な男性の集団は、キリストの殉教とともに、さいころでキリストのマントを分配している場面を思い起こさせる。十字架の右側では、シャルルマーニュが裁きの剣と水晶でできた球体を高く掲げている。1165年に列聖されたシャルルマーニュ崇拝は、フランス王国で大変広まっていた。背景はパリの都市風景を想起させ、左側には、塔のあるネル邸館のテラスから望むセーヌ川、ルーヴルの砦、プティ=ブルボン邸館が、右側には、シテ島の宮殿が描かれている。

長い間世に埋もれていた作品

パリ高等法院の大法廷の記録(フランス国立古文書館所蔵)から、作品が注文され、制作された年は、1449年から1453年の間であったことが分かる。しかしながら、記録には作家の名前が全く記載されていない。この作品は幾つもの世紀、革命や火災を経てきた。この絵は、18世紀の便覧に珍品として挙げられており、1796年にデューラーの名の下に裁判所を離れ、1798年に中央美術館(現在のルーヴル美術館)のグランド・ギャラリーに展示されるために、プティ=ゾーギュスタンの倉庫に収蔵されている。1808年に再び元の場所に戻った作品は、19世紀の間、修復家しか見ることができず、ファン・エイク作、メムリンク作などと言われていた。フランス・プリミティフ派の展覧会(1904年、ルーヴル美術館、マルサン棟)の際に一般に公開された後、絵画は最終的にルーヴル美術館の展示場所に戻ることになったのである。

では作者は?

この場面における様式を研究すると、首都パリの建物をこれほど見事に描き出していることから、パリで活躍していた北方出身の画家がこの絵を描いたと思われる。聖人たちの彫塑的な衣襞、マティエールの表現、緻密な筆致、入念に描き込まれた細部と遠くを見晴らせる風景から、むしろフレマールの画家やロヒール・ファン・デル・ウェイデンに近い画家ではないかと考えられる。この《キリスト磔刑》の特徴は、写本(聖務日課書、ミサ典書、時祷書)や宗教画にも見られる。この絵は、王室の高官、王の書記官、法務庁の審問官を務め、1450年頃に出世の頂点を極めたドゥルー・ビュデのために制作された。作品の注文主の名を取って、「ドゥルー・ビュデの画家」と呼ばれていたこの作者は、最近の仮説によると、アミアンとトゥルネでの記録が残っており、1444年からパリに移り住んだアンドレ・ディープルと考えられている。アンドレ・ディープルは、聖年のためのローマの巡礼から戻った後、1450年にモンス(エノー)で亡くなっている。《パリ高等法院のキリスト磔刑》は、この年に完成したものと思われる。

出典

- LORENTZ Philippe,  "La peinture à Paris au XVe siècle : un bilan (1904-2004)", in Primitifs français. Découvertes et redécouvertes, catalogue de l'exposition, Musée du Louvre, Paris, 2004, p. 86- 107.

- LORENTZ Philippe, " Groupe Van der Weyden, la Crucifixion du Parlement de Paris" in LORENTZ Ph. et  COMBLEN-SONKES M., Musée du Louvre. Paris, Corpus de la peinture des anciens Pays-Bas méridionaux au quinzième siècle, 19, tome III, Bruxelles, 2001, p. 81-132.

- REYNAUD Nicole, "Le maître de Dreux-Budé" et "Le maître de Coëtivy" , in AVRIL F., REYNAUD N., Les manuscrits à peinture en 1440-1520, catalogue de l'exposition, Bibliothèque nationale, Paris, 1993, p. 53-69.

- STERLING Charles, La peinture médiévale à Paris, 1300-1500, Bibliothèque des Arts, Paris, 1987-1990, 2 vol.

作品データ

  • パリで活躍したフランドル画家(アンドレ・ディープル?)

    《パリ高等法院のキリスト磔刑》

    1449年頃

    シテ島宮殿のパリ高等法院

  • 油彩、柏材の板

    縦1.45m、横2.70 m(中央部の縦2.26m)

  • 1904年、ルーヴル美術館に収蔵

    R.F. 2065

  • 絵画

    リシュリュー翼
    3階
    ジャン・フーケ
    展示室820

来館情報

ルーヴル美術館 パリ フランス
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
 
開館時間
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)

休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
 
 

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