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ホーム>作品と宮殿>コレクションと学芸部門>《自ら戴冠するナポレオン、その後ろに座す教皇》
L'Empereur Napoléon Ier se couronnant lui-même
素描・版画
19世紀
ナポレオンの戴冠式は、1804年12月2日にパリのノートル=ダム寺院で挙行された。この際ダヴィッドは、戴冠式の4つのエピソードを描くことにした。この中で最も有名なのは、《ジョゼフィーヌの戴冠》(ルーヴル美術館)である。ダヴィッドは、この素描に見られる最初の構想では、最終的には取り上げられなかった、ナポレオンが自ら戴冠し、ピウス7世はその後ろで座したままというエピソードを描いている。
忘れがたいイメージ
当初は教皇がナポレオンに戴冠することが予定されていたにもかかわらず、戴冠式の当日になって、ナポレオンは自ら戴冠することにした。ダヴィッドは、ルーヴル美術館所蔵の大きな記念絵画を描く際、まずこのエピソードを絵にしたのである。この素描が表わしているのはその場面であり、おそらく戴冠式からほどなくして描かれたものと思われる。ここでダヴィッドは、歴史的瞬間を再現しただけでなく、皇帝から、剣を握り締め、自分自身で新しい権力を掌握する征服者の戦士という、きわめて意義深いイメージを生み出したのである。
Un couple improbable
ナポレオンは、ローマのピウス7世を戴冠式のためだけに呼び寄せた。ダヴィッドは、まずこの素描のような感じで、教皇を絵にしたのである。その際ナポレオンは、「教皇を遠方からわざわざ何もしないために呼び寄せたのではない」と述べ、ダヴィッドは、教皇が祝福を授けるような身振りをざっと描いた。しかし、この素描で両者の間のコントラストは際立っており、片や全能の権力を手にし、片や打ちひしがれて不動のままである。
変更の連続
実のところ、ダヴィッドは、かなり長い間、ナポレオンが自ら戴冠する局面を描こうと考えていた。3枚の全体習作には、この場面が夫の前にひざまずく皇妃ジョゼフィーヌとともに描かれている。このように、絵画の構図は潜在的に完成していたものの、おそらくダヴィッドは、弟子フランソワ=ジェラールの助言を受けて、皇帝の人物像を完全に削り取り、ジョゼフィーヌを戴冠するナポレオンの姿に置き換えたものと思われる。こうして、ダヴィッドは、ルーヴル美術館に所蔵されている絵画のイメージを永遠のものとした。ヴェルサイユ宮殿には、1815年以降亡命したダヴィッドがブリュッセルで制作した、この絵画の後期の複製が所蔵されている。
出典
- PRAT Louis-Antoine, ROSENBERG Pierre, Jacques Louis David 1748-1825 : Catalogue raisonné des dessins, 2002, I, n 198.作品データ
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ジャック=ルイ・ダヴィッド(パリ、1748年-ブリュッセル、1825年)
《自ら戴冠するナポレオン、その後ろに座す教皇》
1805年
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ベージュ色の紙に黒のクレヨン、きわめてわずかなペンの跡、褐色インク
縦0.293 m、横0.252 m
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1917年に購入
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保存上の理由により、当部門の作品は常設展示室では展示されていません。
来館情報
地下鉄:1番線または7番線、Palais-Royal Musée du Louvre 駅
月・木・土・日:9時-18時
水・金:9時-21時45分(夜間開館)
休館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日