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スクリーン

© 1991 RMN / Daniel Arnaudet

工芸品
18世紀:新古典主義

執筆:
Muriel Barbier

この盾の形をした暖炉用スクリーンは、クロード=ニコラ・ルドゥー(1736-1806年)が、1768年からルイ15世の公の愛妾であった、デュ・バリー夫人のために建立した館にあったものである。これは、ルイ・ドラノワ(1731-1792年)がその建物に家具を備え付ける際に、制作した調度品の一部であり、ルイ16世様式の家具を先取りした、移行様式の家具の一例である。

ルーヴシエンヌの館

1769年に、パンティエーヴル伯(1725-1793年)が同館に関する権利を放棄すると、ルイ15世はその所有権をデュ・バリー夫人に与え、彼女はそこを1793年に処刑されるまで所有していた。領地の中には、元来マルリーの機械を監視するために置かれた、古い館があるだけだった。1769年にアンジュ=ジャック・ガブリエル(1698-1782年)に改装の仕事が依頼され、工事は2年間続いた後、デュ・バリー夫人は王との関係を祝福するために「愛の神殿」を望んだため、1770年から新しい建物の建設がクロード=ニコラ・ルドゥーの手によって始められた。工事は、予定されていた王が主催の落成記念の、晩餐会にぎりぎりで間に合う形で、1771年の9月に終了した。一連のいすは、ほとんどをルイ・ドラノワが制作し、ジョゼフ=ニコラ・ギシャールが彫刻を施し、ジャン=バティスト・カニーが金箔をはり、フランソワ・ラビットが布を張り付けた。

移行様式と女神ヴィーナスにちなんだ意匠

ルーヴル美術館のスクリーンは、下が渦巻状の装飾になった彫刻的な2本の脚にささえられた、盾の形をしている。脚は、その形や曲線的な線から、ルイ15世様式に分類される。しかしその反面、全体に完全に融合した彫刻や、その非常に繊細な仕上げは、ルイ16世様式の家具を先取るものである。彫刻された花々は愛への賛辞である。花形装飾、ミルテの枝、オリーブ、ニオイアラセイトウ、バラの花束といった、女神ヴィーナスにちなんだあらゆる花がここに表現されている。

このスクリーンの作者はいったい誰なのか?

当作品は、館の四角いサロンに届けられた、21脚のいすと2台のスクリーンの一部で、元来は木の部分が白く塗られ、トゥール織の布で覆われていた。ルドゥーは設計図をドラノワ以外の職人たちすべてに渡していた。それでは、いったい誰がこの型の発案者だったのか。おそらく、彫刻家ギシャールの助けをえた、ドラノワ本人だったのだろう。実は彼はこの直前に、建築家ヴィクトール・ルイ(1731-1800年)の指揮の下、ワルシャワ王宮のために一連のいすを制作しているのだが、その作品の制作が、彼が斬新的な新古典主義に触れる機会となったのである。よってその新しい要素をルーヴシエンヌに取り入れたのかもしれない。しかしながら第3者の介入の可能性も考えられる。特に建築家のシャルル・ド・ウェリー(1729-1798年)や装飾工のジャン=シャルル・ドゥラフォッス(1734-1789年)は、両者ともにルーヴル美術館のスクリーンによく似た、形状や装飾を制作していることから、十分にその可能性がある。

出典

Pallot Bill G. B., Le Mobilier du musée du Louvre, t. 2, Dijon, Éditions Faton, 1993, pp. 114-115.

作品データ

  • ルイ・ドラノワ(1731-1792年)

    スクリーン

    1770-1771年頃

    ルーヴシエンヌのデュ・バリー夫人の館の四角いサロン

    フランス、パリ

  • 金箔を貼り直したブナ材

    高さ1.10m、幅0.73m、奥行き0.45m

  • ジョルジュ・エンシェルコレクション、1919年にパリにて競売、ジャック・バルサン夫人のコレクション、ニューヨークのフレンチコレクション、1963年に取得

    OA 10219

  • 工芸品

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